ホセ・リサールの詩

ネットでいろいろ検索していたら、ホセ・リサールの辞世の詩の翻訳があった。


ホセ・リサールは、19世紀末のフィリピンの革命家で、三十五歳ぐらいでスペインの官憲によって処刑された。


この詩は、死の直前で獄中で書かれたものらしいけれど、深い祖国への愛情と、あとなんといえばいいのだろうか、かなりロマンチックな、人生や自然に対する思いが綴られている。


おそらく、かなり繊細で、優しい人だったのだろう。


「ノリ・メ・タンヘレ」という翻訳だと四百頁以上ある分厚い小説もあるので、いつか読んでみたいものだ。


いつの世も、先覚者というのは、苦難や受難がつきまとうものなのかもしれない。


にしても、wikipediaのホセ・リサールの項目を見ていたら、フィリピン諸語や英語やスペイン語はもちろんのこと、サンスクリットヘブライ語アラビア語まで理解できたというから、どんだけすごい語学の天才だったのか驚くばかりである。
あと数十年生きることができたら、どれほど多くのことを成し遂げることができたろうと思うと惜しまれてならない。


日本に一ヶ月ほど滞在したことがあるそうで、東京の日比谷公園に胸像があるそうである。
いつか見てみたいものである。



「ミ・ウルティモ・アディオス」(Mi Ultimo Adios)
最後の訣別 


                       ホセ・リサール/一八九六
                       翻訳 加瀬 正治


さようなら なつかしい祖国よ 大陽に抱かれた地よ
夏の海の真珠 失われたエデンの園よ!
いまわたしは喜んできみに捧げよう この衰えた生命の最もよいものを
いや 生命そのものをささげよう
さらに栄光と生気と祝福が待っているなら 何を惜しむことがあろう


戦場にあって はげしい闘いのさなかにあって
人々は生命をささげたのだ ためらい まどうこともなく
そこがいかなるところでも ―糸杉 月桂樹 白百合の生うるところ
断頭台も広野原も 格闘も殉教の苦しみも
それらはみな同じもの われらの家と祖国にささげられたもの


暁の光をのぞみ見て 私はいま死んでゆくのだ
ほのぐらい夜をつきぬけ 昼の光へ導くために
紅の色が乏しければ私の生命の血で染めよ
なつかしい祖国のために私の血はみな注ぎつくそう
黎明の光を


鮮血の色に染めるため


私は夢みた はじめて生命のひらかれたとき
私は夢みた 若き日の希望に胸の高鳴ったとき
おお 東の海の宝石よ きみの晴れやかな顔をみる日を
憂愁と悲しみよりとき放たれて
きみの顔にかげはなく きみの眼に涙のない日を


わが生涯の夢 わたしの中の燃ゆるねがいよ
すべて来れ! いま魂はとび去ろうとして叫ぶのだ
すべて来れ! そしてきみたちが消えゆくことは美しい
きみたちは消えてゆくことに憧れているにちがいない
そしてきみたちの永遠の永い夜の胸にいだかれてねむれ


いつの日か わたしの墓の上の草むらに
きみが一輪の花の咲いているのを見つけたら
唇におしあて私の魂に口づけしてくれ
地下の冷い私の額は
きみのやさしさ きみの暖かい呼吸の力を感じよう


柔かな月の光を私の上に注がしめよ
暁のきらめく光を私の上に輝かしめよ
悲しい風の嘆きのうたを私の上にうたわしめよ
私の墓の十字架の上に一羽の小鳥のくるのを見たら
平和のうたをうたわしめよ


大陽をして空に水蒸気を立上らしめよ
そして清らかな天に向かって私の反抗を立上らしめよ
だれか心やさしい人あらば 私の非業の運命を嘆いてくれ
そしてしずかな夕ぐれに祈りをあげてくれ
おお わが祖国よ 私が神に抱かれて休らうことのできるよう


不運の死をとげたすべての人のために祈ってくれ
かぎりない苦難をうけたあらゆる人のために祈ってくれ
不遇の悲しみに泣いた母たちのために
夫を失い 妻を失った人たちのために 拷問の試練にあう囚人のために
そしてまた救いをうるであろうきみたちのために


暗い夜のとばりが墓苑をつつむころ
死者のみひとりめざめているとき
私の休息 ふかい神秘を敗らないでくれ
そうすればきみはきっと悲しいうたの反響をきくだろう
それは私なのだ おお わが祖国よ きみにささげる私の歌なのだ


十字架も墓標もきえ去って
私の墓も忘れられるとき
鋤でならし 掘り返すにまかせよ
私の骨はふきちらされて消え去るまえに
きみの地上にしきつめられるだろう


そして忘却は 私を気にもとめないだろう
きみの谷間と平野の上を私がすぎゆくとき
きみの土地と大気を鼓動させ 清めながら
色彩と光 うたとなげきとともに私はゆく
私の抱いている忠誠をいつもくり返しながら


わが憧れの祖国よ おまえの悲しみが私の心を悲しませるのだ
愛するフィリピンよ きけ 私の最後の別れの挨拶を!
私はすべてをきみにささげる 両親も血族も友人も
私は圧制者の前にひざまづく奴隷のいないところにゆくのだ
そこでは信仰の名によって人を殺すこともなく 神がつねに高きところに


私の心から引きはなされたきみたち皆よ さようなら
家から引きはなされた幼なじみの友たちよ
私は感謝しよう ものうい日々から免れたことを!
さようなら 私の道をてらしてくれたやさしいひとよ
すべての愛するものたちよ さようなら! 死の休息が待っているのだ!