現代語私訳 橋本左内 『啓発録』 第四章 「学ぶことに努力する」

現代語私訳 橋本左内 『啓発録』 第四章 「学ぶことに努力する」



学ぶとは、習うということです。
すべての良い人や優れた人の善い行いや善い事績の跡を辿り、習っていくことを言います。
ですので、君主への真心や正義感、親への孝行といったことを見たならば、すぐにその君主への真心や正義感、親への孝行の行為を慕い、模倣して、自分もきっとこの人の君主への真心や正義感、親への孝行に負けないよう劣らないよう、努力して実践しようとすることは、学ぶということの第一の意味です。


そうであるのに、後の時代においてこの言葉の意味を誤解し、詩や文章を書くことや読書することを学ぶことだと理解していることは、おかしなことです。
詩や文章を書く事や読書は、上記に述べた学問のための道具とでも呼ぶべきものです。
刀の柄や鞘、二階に行くための階段みたいなものです。
詩や文章を書くことを学問と理解することは、あたかも柄や鞘を刀そのものだと理解し、階段を二階そのものだと思うことと同じで、浅はかで粗雑であることの極みです。


学ぶということは、主君への真心と親への孝行という筋を通すことと、学問や武術の行い以外にはありません。
主君に真心を尽くし、親に孝養を尽くすという真心から、学問や武術に関する事柄に骨を折って努力し、平和な世であれば、主君の側近くで働くようになれば、主君の誤りを正し補い、主君の徳をますます盛んにし、官僚となった時には、その役割その役割の事柄をうまく処理し、人に対して贔屓したりせず、賄賂による陳情を受けず、公平で真っ直ぐであり、その管轄の部署のどこでもその威厳に畏服し、その人徳になつくほどのことをするべきだということを、常日ごろ心がけるべきです。
また、不幸にも乱れた世の中に遭遇する時には、それぞれ自分のいる場所において任務を果たし、秩序や道徳・法律を侵犯する人々を討伐し、禍や世の乱れに打ち克ち世の中を安定させるべく、場合によっては刀や槍、接近戦によって功績や名誉をあげ、場合によっては本陣の中にいて作戦計画に参画し、敵を殲滅し、あるいは兵站を担う指揮官となって一万もの大軍であっても飢えや渇きがないようにし、兵力が消耗しないように心を配ることなどを、あらかじめ訓練し修得すべきことです。


これらのことをなすには、胸中に昔の歴史や今の時代のことをよく理解して収め、腹の中には作戦計画や戦略戦術を理解暗唱して収めていなくては、とてもできないことが多くあります。
ですので、学問において自らの任務として専ら努力し行うべきことは、読書して自分の智恵や知識を明らかにし、自分の精神や勇気を練り上げることが重要です。
そうであるのに、若いうちは、とかくずっと続く物事を行っていくことを嫌い、少し読書してすぐにやめ、少しだけ学問を習い少しだけ武術もやってみる、というように、ほんのしばしの間だけでうんざりして怠ってしまうものです。
これは非常に良くないことです。


努力するということは、自分の力を極限まで加え、連続して加えつづけていくというニュアンスがある言葉であり、長い時間を積み上げて、思いを集中していかなくては、どんな物事でも結果は見えないものです。
ましてや、学問は物事の道理を説き、その筋道を明らかにするということですので、上記のような軽薄な粗雑なやりかたでは、本当の道や意義は見えてこず、なかなか本当に役に立つ地に足のついた学問にはなりません。
かつまた、世の中には愚かで通俗的な人が多くいますので、学問をしていると、おごり高ぶった心がとかく起こりがちで、のぼせあがった様子になって、場合によっては金銭的な利益や地位の高さにばかり心が動き、場合によっては自分の才気や賢さを見せびらかしたくなる病気が、折に触れて出てくるものです。
これを自分で慎むべきことはもちろんのことですが、それには良い友人の諌めやアドヴァイスが非常に重要なことです。
なので、交際する友人をよく選び、自分の思いやりや良い心を伸ばすことを助け、自分の道徳を伸ばしていく工夫があってしかるべきです。