善導大師『阿弥陀如来を観想する教えの入口』(観念法門) 第四十六節

善導大師『阿弥陀如来を観想する教えの入口』(観念法門) 第四十六節



また質問します。
もし釈尊が入滅されたあと、あらゆる凡夫で、善いものであろうと悪いものであろうと、もし菩提心を起こして阿弥陀如来の浄土に往生したいと願う者が、日夜に心をかけて一生を終えるまで、称名念仏し、観想し、礼拝し、讃嘆し、お香や花々によって阿弥陀如来および観音や浄土の聖なる方々や浄土の荘厳を供養し、念仏するたびに観想するならばば、高度な集中状態が成就した者、あるいはまだ成就していない者は、この生きている間の人生においてどのような功徳を得るのでしょうか。具体的に仏教の経典を引用して明らかな証拠を示して下さい。修行し学んでいる途中の人々を喜ばせ道を愛し求めさせ、この道を信じ受けいれ行わせるようにしたいと思います。


答えます。よくこの道の意味を質問されました。この念仏の道はつまり、六道に輪廻する原因となる業を閉じさせ、断ち切り、永遠のよろこびである浄土への大切な門を開くものです。
ただ阿弥陀如来の御本願の働きによって念仏するだけではありません、あまねくさまざまな仏たちが皆同じくよろこんでおられることです。
いま、経典によって詳しく答えるならば、『般舟三昧経』には以下のような意味のことが説かれています。
釈尊は、跋陀和菩薩にお告げになられました。「この念仏への集中をする中において、四つの供養があります。食べ物や飲み物の供養、衣服の供養、寝るための道具の供養、お湯や薬の供養です。これらによって念仏への集中を助けて、喜ばせなさい。過去のさまざまな仏たちも、この南無阿弥陀仏を念じ集中することを保ち、この四つの供養によって助けて人々を喜ばせて、仏になることができました。未来のさまざまな仏たちもまた、この念仏への集中を保ち、この四つの供養によって助けて人々を喜ばせて、みな仏となることができるでしょう。」と。
釈尊は、跋陀和菩薩にお告げになられました。「この南無阿弥陀仏を念じ集中し四つの供養をし人々を助け喜ばせるということに関連して、私はこの念仏三昧について、わずかなたとえ話を引いて、念仏功徳と比較してみましょう。
たとえば、人間の寿命は百歳で、生まれてから走るように生きて老いに至るまで、疾風のようなものです。その道の長さを誰かよく測ることができるでしょうか。」
跋陀和菩薩は答えました。「よく測ることができる者はいません。」
釈尊はおっしゃられました。「私はさらにあなたやさまざまな菩薩たちに言います。もし善い男性や善い女性たちの中の、ある人が行くところにおいて、山のような珍しい宝石を取り出してお布施をしたとします。その行為によって得る功徳は、有る人がこの南無阿弥陀仏の念仏に集中することを聞いて、四つの供養によって人々を助けて喜ばせる功徳には及びません。最初にあげた宝石の布施にこのことの功徳が優ることは、千万億倍にもなります。とても比べものになりません。」と。
釈尊はおっしゃいました。「はかりしれない過去、はかりしれない長い長い時の流れる以前に、ある仏がおられました。私訶提というお名前で、その国は跋陀和と呼ばれていました。その国に転輪聖王がいて、斯琴という名前でした。斯琴は私訶提仏のところに往きました。仏は、王の心を知って、そのためにこの念仏への集中と四つの供養によって人々を助け喜ばせるということを説かれました。王はこのことを聞いてよろこんで、さまざまな珍しい宝を仏の上にまき散らしました。そして、王はみずから願い、申し上げました。「この功徳によって、十方のあらゆる方角の人々や神々が皆、安らかで穏やかになることができますように。」と。
釈尊はおっしゃいました。「王はこの人生が終わったあと、また自らその家に生れて太子となります。名前は梵摩達です。その時、ある僧侶がいます。珍宝という名前です。常に出家と在家の男女の弟子のために、この念仏への集中を説きます。その時、王はこの話を聴いて、四つの供養によって助けてよろこばせ、宝物をこの僧侶の上にまき散らします。また衣服によって供養します。王は、千人の人々のこの僧侶のところで出家して、この念仏への集中を学ぶことを求め、常に千人とともにこの師である僧侶に仕えます。八千年を経る間、日夜に怠ることがありません。ただ一度、この念仏への集中を聞くことができたことにより、すばらしい智慧に入り、そののちはさらに六万八千ものさまざまな仏を拝見しました。それぞれの仏のところにおいてこの念仏への集中を聞き、悟りを成就することができました。」と。
釈尊はおっしゃいました。「もしある人が、百里・千里・四千里離れたところにいても、この念仏への集中という教えを聞きたいと思うならば、必ず往ってこの道を求めるべきです。どうして近くにいてこの道を学ばないことがありましょうか。」」と。
また、さまざまな浄土への往生を目指す方々に申し上げます。上記に引用した釈尊の教えが明らかな証拠となります。それぞれに詳しいことは、般舟三昧経の「四事供養功徳品」(第七 勧助品)の中に説かれているようなことです。