丸山真男 「福沢諭吉の哲学」

福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)

福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)

「福沢に於ける「実学」の転回」と「福沢諭吉の哲学」などが収録されている。

二つは前編後編の関係にあるのだけれど、本当に両方とも目のさめるような、すばらしい論文だった。

「福沢に於ける「実学」の転回」では、丸山は以下のようなことを言っている。

福沢諭吉は日本のヴォルテールで、福沢を語ることは日本の啓蒙思想を語ることになる。
福沢は、しかしながら、他の明治期の啓蒙思想家とは異なる独自の思惟がある。

福沢の「実学」は、山鹿素行石田梅岩などの「実学」、つまり日常役に立つことを求めるだけの従来の実学とは根本から異なるものだった。

どう異なったかというと、福沢は、日本の従来の学問に欠けているものとして「数理学」と「独立心」の二つを指摘したけれど、この二つの根本を支える「精神」に着目し、この二つが不可分であることに着目した。

それまでの朱子学的・儒教的世界観では、自然と倫理は一体をなし、倫理や社会秩序は自然とのアナロジーで、先天的な自然なものとして説かれていた。

それに対して、福沢は、「社会秩序の先天性の否定」を敢行し、物理と道理の混同を捨ててその峻別へと向った。
いわば、根底の精神や学問のあり方を問題にし、その改革を敢行した。

そして、近代理性=実験精神により、あらゆるものの「働」を吟味し、物理的定則・法則を発見し、技術化していくという、実験精神に基づく主体性を形成していった。

そこには、法則把握、いわば「空理」への不断の前進があり、そこにおいてこそ生活と学問のより高度の結合が保証されるという哲学があった。

法則の把握は、単なる経験の積み重ねからだけでは生まれない。
主体が「実験」を以て積極的に客体を再構成していくところにはじめて見出される。

つまり、福沢は、法則把握に至らない単なる手放しの経験主義=従来の東洋的思惟を全面的に批判した。

無理無則の機会主義と手放しの経験主義の両方を批判した。

日常生活を絶えず予測と計画に基づいて律し、試行錯誤を通じて無限に新しい生活領域を開拓していく奮闘的人間の育成を志した。

「福沢に於ける「実学」の転回」では、以上のことが、明晰に説き明かされてて、本当目のさめる思いでなるほどと思った。

(また、科学的認識論が、近代ヨーロッパにおいては、トルストイラスキンらが現われたように、近代文明への幻滅や陰鬱や退屈とそこから逃れるための自然回帰への思潮をもたらしたのに対し、福沢は、啓蒙思想でありながら、そうした科学的認識のもたらす陰鬱から免れていたことを指摘し、いずれそれを検討するとしながら、福沢が情緒や趣味、宗教の領域を重視していたことにも読者の注意を促している。)

それに続けて、「福澤諭吉の哲学」では、丸山は、福沢における価値判断の相対性の主張を重視し、そのことが主体的契機をいかにもたらしているかを明らかにしている。

福沢における善や正ということは、常にどの面についてどういう観点からか、という状況と切り離せずに説かれている。
だが、それは単なる機会主義ではなくて、無方向・無理無則の機会主義は常に批判され、真理原則に基づいて予量する計画的人間育成が目指されている。
その原則とは、プラグマティズムの哲学ときわめて接近した、実験精神に基づく主体的な精神だった。

福沢は、価値判断のたびごとに具体的状況を分析する煩雑さから免れようとする態度を「惑溺」と呼んで批判した。
教条的な公式主義も、単なる無原則の機会主義も、ともに「惑溺」だとして、福沢は鋭く批判した。

福沢においては、常に具体的状況を分析し、あらゆる価値を相対化していくところに、その主体性の発揮があった。

そして、価値の分化や多元化こそが、文明の進歩だとみなした。

精神の化石化・社会意識の凝集化に常に抵抗し、価値の相対化や多元化を目指し続けたのが、福澤諭吉の哲学であり文明の理想であった。

といったことが、「福沢諭吉の哲学」で丸山が分析した福沢の思想だった。


両方ともとても面白かったが、私にとっては、どちらかというと、「福澤諭吉の哲学」よりも、「福沢に於ける「実学」の転回」の方が、丸山真男のすごみを感じる論文だったように感じられた。

凡百の人間にはわからない、福沢の精神の精髄をつかみとった名著だと思う。

福沢の「惑溺」批判は、本当に考えさせられる。
具体的な状況分析や価値判断の条件根拠への吟味を忘れた態度というのは、たとえどのような政治的立場やイデオロギーであれ、「惑溺」と呼ぶべきなのだろう。
なんの根拠もなく自民党を支持している人々も「惑溺」だろうが、状況分析を忘れた民主党への無批判な追随やその他の野党への支持もまた「惑溺」となっていく危険をはらんだものだろう。