野口悠紀雄 「資本開国論」


面白かった。

サッチャーの頃、イギリスはひとりあたりGDPが日本の半分だったのに、2005年には日本よりも豊かになった。
そうしたイギリスの躍進は、「資本開国」にあったと著者は言う。

オフショアリングや先進国間の直接投資をどこまで生かせるかがこれからの時代の鍵なのに、日本はそれらが生かせていないというのは、まったくそのとおりだと思った。

「格差」問題といわれることも、著者の野口さんが言うには、90年代以降の世界の構造の変化に起因するものであり、単純に所得再分配政策をとれば解消する問題ではないという。

2002〜2007年頃の格差拡大の問題は、景気回復にもかかわらず賃金が上昇しなかったことにあり、ここが高度成長の頃に企業収益が伸びれば賃金も増えたこととの最大の違いという。

これはべつに、小泉改革規制緩和市場原理主義を進めたためではないと著者は言う。
中国などの安い労働力がグローバル経済に入ってきたために、「要素価格均等化定理」によって、コモディティ化した産業に関して言えば、どうしても賃金が低い水準になってしまうという。
つまり、分配構造が大きく変ったことに格差の原因があるという。

むしろ、小泉改革の最大の問題は、円安・低金利を続けて重厚長大産業を保護し存続させてしまい、産業構造の転換に手をつけられなかったこと、つまり本当の意味の構造改革に取り組まなかったことだという。

本来は円安は消費者には大きな利益をもたらすのに、輸出型の重厚長大型産業の圧力(および円安を望む諸外国の意向)により、国内の消費者や家計の犠牲のもとに円安・低金利政策が続けられ、それによって企業収益が回復し重厚長大型産業が生きのびたのが小泉時代およびその後だったという。

ちなみに、90年代からの十年間の低金利政策によって、200兆円が家計から企業に移転したという。

なるほど〜っと思った。

「格差を生み出しているメカニズムを把握し、対処すること」が今一番大事だというのは、本当にそう思う。
それを見逃した単なる格差社会批判や再分配ばら撒き政策や、あるいは小泉改革の賛美は何も意味がないというのが、この本を読んでよくわかった。
その点、民主党自民党も、なんとも困ったものだと思う。

そうした主張を踏まえて、著者が主張するのは、

・資本開国(産業構造の高度化、企業構造の改革)
・金融緩和・円安政策からの脱却
・対外資産運用の効率化(資産大国としての地位の自覚と行使)

の三点である。

要するに、コモディティ化した産業・重厚長大型産業から脱却し、金融を中心にした高度な産業構造に日本が転換することによって、グローバル経済の中での立ち位置を定めなおし、国と国民の豊かさを達成するということである。

この本を読んでて、90年代以降の円安政策下での日本の対外資産運用のまずさと機会利益の逸失は、本書を読んでいて本当にくらくらしてきた。
外資産運用については、本当なんとかもっと改善されて欲しいものである。

もっとも、この本が出版された2007年以降の、サブプライムローン問題・金融恐慌によって、この本の中で称揚されていたイギリスやアイルランドはかなりの打撃を受けた。
なので、いくばくか割り引いて読む必要はあるだろうけれど、基本的なラインは間違っていないし、大事な知見が盛り込まれた本だと思う。

あと、本論に付随的に述べられている道路特定財源一般財源化や公的年金制度の抜本改革(サラリーマンの過度の負担をなくすために、国民年金をきちんと徴収することなど)なども本当に大事なことだと思った。

あと、特に重要なのは、法人税減税は日本経済を活性化しない、という著者の指摘である。
法人税が高いから企業が日本から出て行くということはありえないこと、問題なのは法人税率の軽減ではなく企業負担の社会保障の問題であること、などなどの指摘は興味深かった。

経済成長だけで問題が解決することはなく、それを企業の税負担軽減で行おうとするのは大きな間違いで、税制の簡素化や公平性の維持こそが大事というのは、本当にいま最も大事な知見だと思う。

なかなかためになる本だった。