- 作者: 清水真人
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/08/23
- メディア: 単行本
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この本には、小泉政権から野田政権までの十年間の、税制および社会保障制度の改革への動きと、野田政権での税と社会保障の一体改革の法案成立までを、緻密な取材によって描いてある。
新聞やテレビを見るだけでは到底わからない、あの時はこういうことだったのか、とはじめてわかるような、深いところからの政治の流れが、消費税と社会保障という政策の一本の軸のもとに、わかりやすく描かれていた。
読んでいて印象的だったことは、主に三つのことである。
一、政治家とは、こんなにも大変な仕事かということ。
二、与謝野さんを中心とした税・社会保障の一貫した政策の軸が政権交代を挟んで連続していたこと。
三、政治家には二種類がいること。つまり、本当に財政や政策に責任を持って真摯に努力する政治家と、先のことに無関心で政局だけで動き大衆に媚びる政治家の、二種類がいるということである。
この本を読んで、あらためて、少なくとも一部の政治家の仕事熱心さやその仕事の困難さには、本当に脱帽した。
特に、小泉・安倍・福田・麻生政権、さらには政権交代を挟んで菅政権を通じて、与謝野馨さんが一貫して八面六臂の活躍をし、その信念と働きが壮絶なのは、この本を読んでいてあらためてとても印象的だった。
与謝野さんが癌で具合が悪かったというのが信じられない働きぶりで、ほとんど命がけというか、超人的だと思う。
また、小泉政権時代に、与謝野さんとともに税や社会保障の改革に取り組んでいた谷垣さんや柳沢伯夫さん、園田博之さんらは、その後もずっとなんらかの形でこの政策に関わっていたことも印象的だった。
与謝野さんが有識者ブレーンとして自民党政権時代からその見識を活用してきた吉川洋・宮本太郎氏らは、菅政権でも与謝野さんの社会保障改革のブレーンだったことも興味深い。
つまり、一般国民にはわかりづらいことだが、こういうことである。
小泉政権時代に、小泉さんが消費税増税をしないと明言し、ひたすら歳出を削減して財政再建を目指そうとした。
その理論的な支柱が竹中平蔵さんだった。
しかし、経済財政諮問会議において、与謝野さんや吉川さんらは竹中さんとしばしば激論を繰り返しながら、単なる歳出削減ではセーフティネットがボロボロになるだけだし、持続可能な財政再建もできないと主張し、消費税増税と社会保障の強化が必要だという主張を強めていく。
やがて、小泉政権が退陣し、安倍・福田・麻生という三つの政権において、一貫して与謝野さんが采配を振るい、小泉・竹中路線からの静かな革命ともいうべき路線転換を図り、社会保障の維持・強化と消費税増税を柱とする「安心社会」構想を練っていく。
その理論的支柱が、吉川洋さんや宮本太郎さんだった。
しかし、自民党が選挙に大敗し、民主党政権が誕生したことで、一度この構想は頓挫したかに見えた。
だが、実際は民主党は、自民党の政策的な蓄積に比べてあまりにも杜撰で、非現実的で、財源や具体的な政策のノウハウに乏しく、鳩山政権は早くも行き詰った。
そこで、なんと菅さんが首相になるや、与謝野さんを三顧の礼で迎えて、経済財政担当大臣に任命し、社会保障改革の采配を委ね、与謝野さんは再び宮本さんらをブレーンとし、税と社会保障の一体改革の成案をまとめあげた。
という、与謝野さんを軸にした、政権交代を挟んでの政策の一貫性と、脱小泉・竹中路線の物語がこの十年の間にあった、ということである。
しかし、これにはいくつもの困難や難関が何度も訪れ、最初は自民党内部の竹中平蔵さんや上げ潮派の人々との熾烈な闘いがあり、その後は鳩山政権の無能で杜撰な迷走があり、菅政権になると、今度は野党である自民党からの突き上げと、民主党内部の小沢派の反対に苦しめられた。
そして、ついに菅さんも与謝野さんも志半ばで退陣させられる。
しかし、その後は、野田さんが首相になり、菅さんや与謝野さんの仕事を引き継いで、自民党の谷垣さんとぶつかりながら、なんとか税と社会保障改革を立法するところまで行く。
野田政権の苦労も読んでいて非常に印象的で、野田さんも谷垣さんも、内部からの突き上げに苦しみながら、お互いに死力の限りを尽くして戦い、しかし、ぎりぎりのところで互いを認め、信頼するところもあり、輿石さんや伊吹さんなどの両党の老獪な政治家の虚々実々の駆け引きもあり、ついに法律をまとめあげるところまでたどり着く。
しかし、谷垣さんはその結果、自分は首相になれず、野田さんも民主党の分裂と選挙での大敗下野という結果になる。
これらの流れを読んでいると、菅さんも野田さんも谷垣さんも、さぞかし苦労だったろうと思うし、与謝野さんや藤井裕久さんや岡田さんらは、本当に真摯な立派な政治家だったのだなぁとあらためて思った。
誰もが嫌がる、国民からの受けも悪い、消費税の増税と、社会保障制度の改革という地味な作業を、国の財政と将来のために、多くの反対を乗り越え、地道な交渉と作業によって与野党で合意していくのは、とてつもない根気とエネルギーと信念が要ったことだろう。
その一方で、政治家には二種類いるのだとつくづく思った。
真摯に国家財政や社会保障を考え、政策を進めようと奮闘する本当の政治家がいる一方で、なんの財政や制度への知見も責任感もなく、ただ政局に走る人々が、自民にも民主にも両方いるものだと、この本を読んでいて溜息をつかされた。
その典型が小沢さんとその一派だと、この本を読みながら思わずにはいれなかった。
小沢さんには、読んでいて唖然とさせられる箇所が三つもあった。
一つは、福田政権の時に、自民党と当時は民主党の代表だった小沢さんが大連立の協議を進め、その中でなんと、消費税増税と憲法改正を進めようと合意していたということである。
「福田は元首相の森喜朗を代理人と頼み、森と小沢で水面下の交渉が進んでいた。森は後に日本経済新聞連載の「私の履歴書」(一二年十二月)で、大連立の大義名分を巡って小沢が「まず消費税を片付けよう」と持ちかけ、森が憲法改正もやろうと言うと受け入れた、と明かしている。」(71頁)
小沢さんが検察に引きずりおろさなければ、消費税増税もなかったみたいなことを小沢派は未だによく言っているようだが、これを見ていると、むしろ逆だと思われた。
憲法改正すら進んでいた可能性も高い。
二つめは、同書の274頁のあたりで書かれているが、野田政権の時に、小沢さんが消費税増税の前にやることがある、というので、それを飲もうとして、統治機構改革法案を作成し、小沢さんにそれを見せると、ろくに読みもせず蹴り、野田政権の終わりは近いと考えて、何を言おうとひたすら野田批判と倒閣に走ったという話である。
その後、消費税法案が通った後、野田政権が一票の格差是正のための法案と赤字国債発行の法案を通そうとしたら、ただ野田政権を追い詰めるために、自民党と手を組んで参院で問責決議を可決したというのも、なんとも許し難く思った。
本当に選挙制度のことをまじめに考えているならば、この時に参院の問責決議などせず、まずは定数削減の法案を通すべきだったろう。
三つめは、言うまでもなく、大震災の後においてひたすら菅降ろしに走ったことである。
そもそも、消費税に反対というならば、どうやって財政を再建し、社会保障の機能強化や維持を行っていくか、具体的な試算や方策や計画を出せばいいのにと思う。
それを示すならば、その方が良いという話になるかもしれないが、ないならば検討のしようがない。
小沢派の人々は、要は、なんでも対案もなく反対反対と言っていた55年体制下の社会党のノリなのだろう。
そして、結局、小沢さんはなんら政策というものを真摯に考えておらず、ひたすら自己の権力獲得のために政局を仕掛け、民主党を分裂させ、ぶっ壊したということなのだろう。
にもかかわらず、これほどの妨害に遭いながら、菅さんと野田さんが、与謝野さんらと協力しつつ、税と社会保障の一体改革を成し遂げたということは、すごいことだとあらためて思った。
民主党は、随分叩かれたが、実際に政権を担い、税と社会保障の一体改革などを成し遂げたというのは、大きなことだったと思う。
万年野党だった55年体制下の野党にはできないことだった。
税と社会保障の一体改革において、自民党と遜色ないことを民主党が成し遂げたということは、本当はもっと評価されるべきことだったと思う。
もちろん、与謝野さんのような元々自民党の人材を入れたからできたこともあろうけれど、初の政権担当であれだけできれば大したものではないか。
そうこの本を読んでいて、あらためて思った。
さらに、この本には、細部でいろいろと面白いところがあり、野田さんは谷垣さんと関係を築くのに随分努力し、二人が共通して尊敬している大平正芳の話を振り、野田さんが秘蔵している大平正芳の貴重な冊子のコピーを渡したり、谷垣さんにとっておきのワインを贈ったりしたということろも、面白いエピソードだった。
菅さんは、こういうところは、どうも不得手だったようである。
あと、政策の話として、いろんな流れを見ていて、思ったのは、小泉政権時代、骨太の方針で言われていたプライマリーバランスの黒字化とは結局何だったのだろうということである。
結局、一度たりとも、プライマリーバランスをその後黒字化できなかった。
理由はいくつかあろうけど、せっかく好転していた第一次安倍政権の時に、安倍さんが主に上げ潮派に軸足を置き、結局消費税増税をしようともせず先伸ばししたことが大きかったのではないかと思う。
それと比べて、今考えてみると、福田政権は、そんなに悪くはない政権で、わりと地道に真面目に政策をやっていたと思う。
当時もそういう印象を持っていたけれど、あらためてこの本を読んでいてそう思った。
どうも公明党が定額減税をごり押ししてきて、麻生さんが勝手に飲んでしまったことが致命傷になったらしいが、もう少し福田さんが長く続けることができれば、さらに政策上の成果をあげられたかもしれない。
もっとも、麻生さんも、首相の時は意外と与謝野さんを重用して、真摯に政策に取り組んでいたようである。
あと、この本を読んで、民主党は、なんといっても、準備不足のまま政権に就いてしまった感が否めなかった気がする。
民主党の中では政策通である玄葉さんすらが、政権交代後になって、はじめて与謝野さんが麻生政権の時にまとめた安心社会実現構想の報告書を読み、これほど自民党は精緻に政策構想を練っていたのかと感心したというエピソードが出てくるが、HPで読めるのだし、もっと前からそれぐらいは自家薬篭中にしてから政権交代をして欲しかったものだと思えた。
とはいえ、菅政権において、すぐに与謝野さんを抜擢し、かつ柔軟に熱心に、そうした蓄積やノウハウに学んだところは、もっと評価されて良いことだと思う。
あと、もう一つ、興味深かったのは、軽減税率についてのことである。
小泉政権の末期頃、柳沢伯夫さんや与謝野さんが消費税増税を検討した時には、将来消費税を増税する時、税率は10%とするが、食料品は5%の軽減税率を適用することを考えていたという。
もともとは、自民党の中でも軽減税率が検討されていた。
さらに、菅さんが首相の時は、低所得者への消費税の還付制度や軽減税率が掲げられていた。
消費税に反対の人々は逆進性を言うが、菅降ろしをした結果、還付制度も軽減税率もない安倍政権による消費増税になっただけなのではないかと思う。
リベラルが結束して菅政権を支えていればとあらためて思えた。
むやみに消費税に反対して、菅・野田政権をぶっ壊した結果、かえって軽減税率もないまま消費税が安倍政権によって推進されて、逆進性という点では最悪の結果になったと思う。
政治というのは創造的妥協の知恵が必要で、後先考えずなんでも反対すると、かえって悪しき結果を招くだけではないかとあらためて思わされた。
いろんな教訓や、学ぶべきことが詰まった一冊だったと思う。
なかなか、政治の実際の動きや流れや、細かな税制や政策は、我々一般の国民にわかりにくく、眼が届きにくいところがある。
ワイドショーのようにしか、一般国民には日ごろは政治の様子が届いてこない。
しかし、この本を読めば、この十年における、週刊誌やワイドショーで見るのとは全く異なる、非常に真摯な、苦吟に満ちた、政治の様子が見える。
多くの人に、一度は手にとって欲しい、良い本だった。