中村哲 「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」


ある尊敬する知人に勧められて読んだのだけれど、とても良い本だった。

中村哲さんの講演会は以前に一度だけ聴いたことがある。
ニュースでときどきペシャワール会や哲さんについて特集しているのも何回か見たこともある。
しかし、多くの場合、中村哲さんは自分についてはほとんど語らない。
この本は、中村哲さんの、生い立ちや家族のことなども触れられていて、とても興味深かった。

若い時に、フランクルの「死と愛」の、「それはそれでそういう風に生れついている」という一節を読んで、とても心が軽くなったという話や、九大で滝沢克己の授業でバルトに触れたというエピソードはとても興味深かった。

また、論語キリスト教や仏教の、元となる「事実」があって、その「事実」はどの宗教もだいたい共通で、人間はその「事実」がわかればわかりあえる、という話もとても共感させられた。

また、何よりも、アフガニスタンでのさまざまな出来事や、哲さんの言葉を通して伝わってくる(もちろん本当のものの万分の一も私は感じれていないのだろうけれど)、アフガンの空気や風のようなものを、この本からはひしひしと感じて、とても考えさせられた。

タリバンは、アフガンからはおそらくは決して消えず、田舎の親父さんたちの集まりで、アルカイダのような都会的なテロ組織とは全然違うという話や、アフガンの具体的な話は、
アメリカがアフガンを空爆するときに見られたような単純な善悪二元論やゲーム感覚では決して汲み取れない、あらためて考えさせられる話だった。

また、哲さんが、自分自身の十歳になる次男が難病で苦しみ亡くなる、そういう体験のさなかに、アフガンのために働き続け、国内での講演も資金のために東奔西走して続けておられたという話に、本当に胸を突かれる思いがした。
自分よりも年の若い家族に先立たれるというのは、これは体験したものにしかわからない悲しみや苦しみだけれど、それにもかかわらず、その間も、そしてそれからも、粉骨砕身働き続ける哲さんの生きざまを見ていると、本当にわが身を顧みさせられた。

中村哲さんは、この本の中で、幾度も若い人たちに期待しているし、若い人たちも必ず大きなことができる、といったことを語ってくださっているけれど、私も哲さんの世代に比べればだいぶ若い世代の一人として、この本から何かを汲み取り、受け継がないといけないと思った。
最近はマニュアルでしばりあげて、そうでないと落ちこぼれになると信じ込ませているけれど、そんなことはないという哲さんのアドヴァイスは大変心強いものだった。


「どうにもならんことはどうにもならん」

という、諦め・謙虚さのような精神は、アフガンの人々ともに十二分に思い味わっている哲さんが、

なおも、

「人は愛すべきものであり、真心は信頼するに足る」

という一つの結論を持って働き続けている姿には、本当にただただ深く感動させられる。
禹やホジュンや、法蔵菩薩を彷彿とさせられるのは、私だけではないと思う。

ある講演で、自分に何ができるか?という問いに対して、答えは人それぞれであり、何もできないということはない、そして「何をするか」よりも「何をしてはならないか」である、という話も、とても考えさせられるものだった。

多くの人に読んでもらいたい、良い一冊だった。