- 作者: 松本一男
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 1996/09/01
- メディア: 単行本
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管子はとても面白い。
心にのこった言葉は、
「曙戒勿怠」
(曙に怠るなかれと戒めよ)
という言葉。
毎朝起きては、国家の安泰や繁栄、人民の生活に心を配り、心を砕いていた管子の様子が彷彿とされるし、管子自身の自戒の言葉だったのだろう。
管子は、とても現実的で、
「財、天下を蓋わざれば、天下を正す能わず」
と、いかに理想や信念があろうとも、それを実現するための物質的条件がなければ何もできないというリアルな認識がある。
そのために、市場の需給バランスを図ったり、さまざまな施策による富国を目指している。
単なる精神論ばかりになりがちの儒教に比べると、管子の方がはるかに経済や富国のための実際的な知恵や工夫の精神に満ちていると言えよう。
管子は、政治の要諦は、「人民の願いを察してかなえることにある」(在順民心)とし、庶民の苦労を除き、生活を豊かにし、安全を図り、繁栄を図ることを提言する。
苦労を除き、生活を豊かにし、安全を図り、繁栄を図ること。
たしかにこの四つを政治がきちんとできていれば、国民はおのずとその国を愛し、政府を信頼するだろうし、逆であればいかに美辞麗句を重ねようともそうはならないかもしれない。
精神論やスローガンよりは、まずこの具体的な施策こそ、本当に管子の時代から今に至るまで必要なことだろう。
「愛之、利之、益之、安之」
((国民を)愛し、利し、益し、安んじる)
ことこそ、最も大事だという管子の思想は、今でもあらためて胸に刻むべきことのように思う。
法令重視の発想も、空理空論の儒教よりはよほど実際的である。
「経臣、経俗、経産」、
つまりまっとうな人材とまっとうな生活スタイルとまっとうな産業があってこそ国は成り立ち、この三つがなければ亡国だというのも、なるほどなーっと思った。
国にとって最も根本的に大事な精神を四つ、「四維」として、礼・義・廉・恥の四つを挙げているけれど、この四つも、本当に大事なものだと思う。
一方で法令を重視しながら、こうした精神・道徳も重視しているところが、管子のバランスがとれていて面白いところかもしれない。
人のめざすべきこととして、「長年・長心・長徳」、つまり、健康や寿命を伸ばし、心を広げ伸ばし、徳を広げ伸ばす、という三つをあげているのも、なるほどと思った。
管子は、現代人にもいろんな示唆を与えてくれるとても面白い賢者の書物だと思う。
あと、個人的に面白かったのは、「不牧の民」という言葉だった。
管子自身は、この「不牧の民」を悪い言葉として使っている。
管子の理想としては、本当の政治は「牧民」で、よい羊飼いや牛飼いが牧場の牛馬を飼育するように、きちんと国民を世話できる役人が良いということで、その世話に素直に従わない不逞の輩が「不牧の民」ということなのだと思う。
ただ、管子の政治理想の良し悪しはとりあえず置くとして、あんまり政治権力に飼いならされた人間ばかりになれば、それはそれで問題だろう。
良き牧民官をめざす人も世の中には必要かもしれないが、一方で独立不羈の「不牧の民」がいくばくかいる方が、社会や時代は元気かもしれない。
たぶん、春秋戦国は、一方では管子や晏子のようなすぐれた牧民官がいた一方で、決して飼いならされない墨子や侠客の人々がいたから、あれほど思想も文化も活況を呈したのだろう。
その後の中国が、空理空論ばかりの儒者になり、管子のような大政治家も乏しく、「不牧の民」も乏しくなったことを考えると、管子や墨子は、後世、やっと今こそ、あらためて注目されて、読み直されるべき本かもしれないと思う。