マフムード・ダルウィーシュ『パレスチナ詩集』を読み終わった。
著者は2008年に亡くなったパレスチナ人の詩人で、アラブ諸国では詩集が百万部以上売れたことがあるなど、高名な詩人だそうである。
ただし、日本ではほとんど紹介されてこなかった。
読んでみての感想は、純粋に文学として非常に良かった。
神話的なヴィジョンを駆使し、とても豊かな、そしてしばしば人生について深く考えさせられる詩だった。
おそらく著者は出自からすればイスラム教徒なのではないかと思われるのだけれど、あまりイスラム的な色彩はこの本からは直接的には感じられず、むしろ旧約聖書からの引用やナザレのイエスへの言及がしばしばあった。
政治については、予想外に直接的にはほとんど触れられていない。
ただし、その背景には、当然パレスチナのいろんな苦難や体験があるのだろうと思われた。
読みながら、不思議なことだが、以前読んだイスラエルの詩人のイェフダ・アミハイの詩になんとなく似ている感じがした。
世界や人生への深い諦念とともに、それでも自分が生きている意味を必死に見つけようとする希求やエネルギーがあるところが、共通しているように思われた。
そう思っていたら、この詩集の翻訳者のあとがきにも、ダルウィーシュがアミハイの系譜に連なると書いてあったので、私の直感も文学史的に的外れではなかったようだった。
現実の政治ではあまりにも対立や衝突がひどすぎてどうにもならないとしても、本当はイスラエルとパレスチナは詩や文学では通じ合うものがあるはずだろうし、旧約聖書などの共通の教養や文化を有しているはずと、二冊の詩集を読み比べても思う。
野蛮な暴力ではなく、こうした香り高い詩の言葉が、いつかまた平和の中で多くの相互の人に読まれる時代が来ればいいのだろうけれど。
言葉はあまりに無力だが、しかし長い時の流れの中で最終的に勝つのは言葉だと信じたい。
「存在するために書け、発見するために読め」というダルウィーシュの言葉は、これからも忘れないようにしたいと思った。
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