小説 「ストリートビュー」

小説 「ストリートビュー

 

 なつかしくて死にそうになる。

そんな気持ちは、誰にでもあるだろうか。

 

おそらく、生まれ故郷を離れた人には誰にでもわかるだろう。

幸福にもずっと生まれ育った場所に住んでいる人にはわからないかもしれない。

 

隆司が聖書を愛読することの理由のひとつは、故郷を離れた捕囚のユダヤ人のどうしようもない望郷の念の、なつかしくて死にそうな気持が、他の宗教の聖典よりもよく聖書に描かれていることが、他の宗教よりも共感を呼ぶし、心を惹かれることである。

 

隆司は小さい頃住んでいた町を、小学校を卒業する時に離れて、引っ越した。

もうそれから随分と時が経つ。

小さい時に住んでいた時間よりも、はるかに長い時間がすでに経過した。

なので、べつにしょっちゅう、小さい頃住んでいたところを思い出すわけではない。

むしろ、ほとんど思い出さなかったのである。

 

ではなぜ、ひさしぶりになつかしくて死にそうな気持に隆司がなったかというと、インターネットのgoogleの地図に、ストリートビューという機能があり、それを使ったからである。

写真のくっきりした画像で、どんな地域も見ることができる。

試みに、小さい時に住んでいた遠いその場所の住所を入力したところ、なんと、くっきりとそれらの道や、さまざまな町の風景が見えた。

 

なんのへんてつもない、普通の団地である。

しかし、隆司にとっては、血肉になっているといってもいい、なつかしいなつかしい風景である。

隆司はパソコンのマウスをクリックしながら、小さい頃の思い出のその地の画像を見て回った。

小さい頃に遊んだ小さな公園や、小学校の行き帰りに何百回と通った道、春になれば咲くつつじの生垣や、雪柳や、公園の桜、夏になれば咲く百日紅の木。

 

今もそのあたりに住んでいる、小さい頃にお世話になった近所の人たちは元気にしているだろうか。

Gさんのおばあちゃんは、たしか100歳近くでまだ御健在だそうで、ときどきうちの母と電話や手紙のやりとりをしているそうである。

団地のすぐ近くにあった、おさななじみのI君の家は、木造の小さな家だったが、そこもたしかに今も残っていた。おじさんやおばさんは元気にしているだろうか。

 

実は、隆司は、小学校卒業のあと、一度だけ、その団地を訪れたことがあった。

大学生の頃、その近くに行く用事があったついでに、その町を訪れたのである。

だから、引っ越してから九年後、ぐらいだったのだろうか。

当時は随分経った気がしていたが、思えばその時に再び訪れてから経った月日の方が、ずっと経っていた。

その時は、I君のおじさんおばさんの家にふらっと立ち寄ったら、ちゃんと覚えてくれていて、なつかしく少し話した。

小学校や幼稚園もひとりで歩いて訪れてみた。

幼稚園の中に入って良いか尋ねると、ふくよかな中年の女性の先生が、卒業生ならどうぞどうぞとすぐに敷地に入れてくれて、小さい頃は大きく感じた遊具が小さいのに驚いたりしたものである。

小学校では職員室に寄って、自分が知っていた先生の名前を尋ねてみたが、皆他の小学校に異動になってもうそこにはいないようだった。

 

その再度訪れた時から、もうずいぶんと時が経った。

月日の経つことの速さに驚く。

と同時に、隆司には、自分が本質的に何も変わっていないのではないかと思えた。

今も、あの頃のように、どこかこの世界に慣れない気がして、ひとりで本でも読んでいる方が好きな気がする。

今も本質的には、あの坂やこの道をのんびり歩いて、つつじや桜をめでていた頃の気持ちとあまり変わらない気がする。

 

ただ、小さい頃にはこの世にいた、一族親戚の多くも、もうこの世にはいない。

なんだか不思議なもので、この団地の、春になると咲く雪柳が、あの世にもいっぱい咲いているような気がする。

いつかあっちに行ったら、この団地と同じような風景で、いっぱい雪柳が咲いている気がするのである。

聖書には、いつか新しいエルサレムが現れて、新しい天地が来て、信仰がある人は、そこで永遠のいのちを楽しむことができると書いてある。

そこで人々は、白い衣を着て、しゅろの葉をもって、いのちの木から自由に実をもいで食べて、きれいな水が流れる川で水浴びなどして過ごすようである。

しかし、隆司には、どうもそこが、なんのへんてつもない、小さい頃住んでいた団地によく似た場所のように思えるのである。

 

googleの地図で、その一帯を隆司は見て回り、小さい頃によく遊んだ緑地や森林公園のあたりも航空写真やストリートビューで眺めてみた。

と、隆司は、その時に、軽い驚きを感じた。

隆司が加わっている、あるキリスト教の団体の学生寮が、その緑地公園のすぐ近くにあったのである。

一度お会いしたことがあるC先生がいま寮長をしていたはずだし、たまにお会いするS先生はそこの寮長を以前やっていたとお聞きする。

その教派のキリスト教の学生や子弟などが入る寮だそうで、もうずいぶんと長い歴史があるそうで、話はときどき聞いたことがあったが、隆司が小さい時に住んでいた町のすぐ近くにあったとは驚きだった。

 

隆司はふと思った。

もし最初から、キリストを信じる家庭に生まれて、あまり模索や彷徨をする必要もなく、その地域の学校に行くことにして、その寮に入っていれば、小さい時のその町を、再び学生時代にしょっちゅう訪れることができたのだろうか。

 隆司は、もうずいぶん時が経ってから、さんざん多くの遠回りをして、いろんな宗教や宗派や教派を遍歴したあとで、やっと今のところにめぐりあったが、ふと、はたして神はいるのか、どうしてこんな遠回りをしなければならなかったのか、どうして故郷を小さい時に失わざるを得なかったのか、目の前が暗くなるような気がした。

 

 しかし、隆司は思い直した。

 たぶん、自分が小さい時からキリストと縁があったり、遠回りしなくて良かったり、故郷を遠く離れるような思いをしなかったら、その分は恵まれているかもしれないが、死にたいほど何かやどこかをなつかしく思う気持ちは、わからなかったのではないか。

 その一点だけ、自分は旧約聖書に出てくる、バビロン捕囚でエルサレムをなつかしむユダヤ人の気持ちが、人よりもわかるのではないか。

そんな奇妙な論理と感想に隆司は辿り着いた。

 そう思って、なんだか腑に落ちたのである。

 

 それに、きっと、近くに住んでいれば、新しいエルサレムが、この団地のような場所とは、そこに住んでいれば、きっと全く思わないだろう。