思い出話

先日、中学の時の同級生だったOさんにたまたま会って、しばらく話をする機会があった。


その時に、「Yさんは○○君(私のこと)をあの頃好きやったそうやけどね、この前会ってそんな話をしてたよ。」


ということを聴いて、甚だ驚いた。


私は小学校を卒業すると同時に引っ越してF市内の中学に入学し、その後一年ちょっとしてまた引っ越してF市の郊外の田舎の中学に転校した。
最初の中学でとても好きな女の子がいて(といっても片思いだったのだけど)、その子のことを忘れられずにぼーっと過ごしているうちに次の中学の日々はあっという間に過ぎ去った。
なので、青春っぽい記憶はさっぱり二度目の中学にはない。
もてた記憶もさっぱりない。


Yさんは、そういえば、その二度目の中学の同じクラスにいた。
格別かわいいわけでもなかったけれど、かわいくないわけでもなかったと思う。
わりとまじめな、おとなしそうな子だった。
Oさんたちとよく一緒にいた女子だった。


「うぉっ、そんな話はじめて聞いたし、もしそうだったなら言ってくれたらよかったのに。」


と苦笑しながら言うと、「あれ、ラブレターを送ったのになしのつぶてだったって言ってたよ」とのこと。


そんなものもらったことないけどなぁ、と首をひねると、Oさんが言うには、Yさんは、借りた詩集にラブレターを入れて返したけど、なしのつぶてだったと笑いながら言ってたとのこと。


家に帰ってから、おぼろげな記憶を辿り、見当をつけて家の本棚を探してみた。
新潮社の世界詩人全集のエリオットの詩集。
箱に入ってて、赤い表紙の本だった。


開いてみると、日に焼けることもなかったのでほとんどまだ古びてない、未開封の封筒が入っていた。
あけてみると、わりとシンプルな文面で、この前は傘をありがとう、○月○日の12時に○○の前で待ってます、というような内容のことを、便箋にかわいらしい字で書いてあった。


もう二十年以上前のある日、私は気付かずに、Yさんに待ちぼうけをくわしてしまったらしい。


そういえば、思い出したのは、Yさんが住んでいたのは私が住んでいる場所までの登下校の道の途中のあたりで、たまたま大雨が降りだしたところに傘を持たずにYさんが歩いていたので、他に人もいなかったし、俺んち近くなんで、と傘を渡して走って帰った記憶がある。
その後、ちゃんと返してくれたけど、返してくれた時には別に何か特に話すことはなく、軽くお礼を言われただけだったと思う。


別段仲が悪いクラスというわけでもなかったが、格別仲が良いクラスだったというわけでもなく、私は照れ臭いのとめんどくさいのとで、それほどクラスの女子たちと話すことはなかったように思う。
ただ、CDや本は、ときどき何人かに貸してあげたことがあった。
なぜエリオットの詩集をYさんに貸したかさっぱり覚えていないが、私が学校に持ってきて休み時間に読んでいたら、それ今度貸して、と言われて、じゃあ、と貸してあげたように思う。


当時、いろんな本や詩集を読み漁っていたけど、何をやっても心が晴れることがなかった。
バイロンなどは読んで共感したし面白く感じたけど、エリオットは中学生の私にはさっぱりわからなかったので、貸して返ってきても全然開きもせず、箱に入れて本棚に入れてその後読み返すこともなく忘れ果てていた。


Oさんが言うには、Yさんは今は結婚してて、相手は公務員だそうで、幸せそうにしているそうな。
わりと近くの団地に住んでいるそうである。
そういえば、大学生の頃に、一度だけ電車でYさんを見たことがある。ちょうど私が乗る車両の出入り口からYさんが降りてきて、お互いそれとわかったけど、ただ軽く目礼し会釈して通り過ぎただけだった。
中学の時と違って髪を軽く染めてて、あんまり変わってなかったけど、それなりにきれいになってたような気がする。


なんちゅうか、ぼーっと気づかないうちに、いろんなことを、自分はうっかりと気づかずに過ごしていたんだなぁと思う。
三十代になりながら、自分は未だに独身で、多くの同級生や同期たちが結婚していったけど、この分だと一生独身かなぁとため息もつきつつ、次に何か縁や機会があれば、今度はぼーっとうっかりと過ごさずに、きちんとそれらに気付いていきたいとは思う。
とはいえ、結局、こういうのもすべて縁や運命なんだろうなぁと思う。


(以上は、エイプリルフールの架空の物語なので、実際の団体・人物・場所とは関係ありませんので、御了承ください。)