吉岡斉「原発と日本の未来」を読んで

原発と日本の未来――原子力は温暖化対策の切り札か (岩波ブックレット)

原発と日本の未来――原子力は温暖化対策の切り札か (岩波ブックレット)



とてもためになった。
単純な原発全肯定でも全否定でもない、是々非々の判断が大事だという著者の態度はとてもうなずける。


そのうえで、いかに日本の原発が「国策民営」・国家主導で行われてきたか、
電力自由化が進めば、初期投資の高さとリスクから考えて脱原発が進むはずか、
そのことが、この本を読むと、よくわかる。
震災直前に出された本だが今こそ読まれるべき本だと思う。


この本を読むと、東日本大震災が起こる前から、世界中で原子力発電事業は長期停滞傾向にあり、80年代以降原発の基数はずっと横ばいだったことがわかる。


原発は、以下の四つの経済的な弱点があるという。


1、 インフラストラクチャー・コストが高くつく(揚水施設など)
2、 建設コストの高騰
3、 最終的なコストが不確実
4、 初期投資コストが格段に高く、高い経営リスクがある。


こうしたことを考えれば、著者が指摘する通り、きちんと電力が自由化され、原発にまともな市場原理が働くようになれば、電力会社は原発に新規投資するとはあまり思えず、おのずと脱原発が進むと確かに思われる。


しかし、日本の原発行政は、長い間、社会主義計画経済と見まがうばかりの国家の手厚い保護育成と主導のもとで行われてきた。
この体制を、著者は「国策民営」、そして「核の四面体構造」と呼んでいる。


「国策民営」とは、実質的に国家が主導し、民間企業であるはずの電力会社は国家の圧倒的な庇護と計画のもとで原発を進めてきたということである。
さらに、所轄省庁・電力業界・政治家・地方自治体有力者の「核の四面体構造」が日本の原子力政策を決定してきたし、していることを、著者は指摘している。


その他、この本を読むと、「機微核技術」ということについても、本当にあらためて深く考えさせられる。


また、原発稼働率の低さは、今に始まったことではなく、震災前からかなり低かったこともよくわかる。


さらに、原発は温暖化対策にならない、むしろ原発に熱心な国は温暖化対策が低調というデータに基づいた指摘も、大変興味深く、面白かった。


考えて見れば、菅総理は、この「核の四面体構造」に逆らい、独自の判断から政策を決定しようとしてきたのかもしれない。
さらには電力自由化発送電分離まで菅総理は提案してきたが、このことはまさに「核の四面体構造」の逆鱗に触れることだったろう。


そのため、かくも今、マスコミや政界や官僚からの猛烈な集中砲火をいま菅政権は受けているのかもしれない。


「日本の原子力発電事業の在り方は、日本社会全体の縮図である。従ってその問題点と解決策を明らかにできれば、その解決策は日本社会の抱える多くの問題にも適用できるはずである。」


この本の中にあった、この一節は、こうした今の情勢を考えると、とても心に響き、考えさせられる一節だった。


菅総理は、この「核の四面体構造」に挑もうとしているが、国民がそれをバックアップできるかどうか。
そこに、この国の原発行政や、もっと言えば民主主義のありようまで、大きく左右されてくるのかもしれない。


この本を読んで、この本の著者の吉岡斉先生を、原発事故調査・検証委員会のメンバーの一人に選んだ、菅総理の人選の眼の確かさと公正さは、本当にすごいとあらためて思った。


東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会
http://icanps.go.jp/