菅直人 「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」を読んで

東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)

東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)



311の東日本大震災とそれに続く原発事故の時に、総理大臣だった菅直人さんの回想録。


歴史に残る本。
歴史に残すべき本。


読み終わって、そう思った。


簡潔な名文で、よく311後の出来事について整理して書かれている。
また、原発がなぜ危険か、この深刻な体験を踏まえて、菅さんが率直に警鐘を鳴らし、脱原発が必要だとどのように考えるに至ったか、脱原発を決意した後はどのように行動してきたかについても、とてもわかりやすく書かれていた。
その決意の深さと強さに、とても胸を打たれた。


いかにあの時の事態が深刻で大変だったか、読みながらあらためて慄然とした。
紙一重で、関東・東北の五千万人が移住しなければならない事態だったこと。
もしそうなれば、日本はとんでもない大混乱と大打撃だったこと。
それが防がれたのはたまたまいろんな幸運が重なったことによること。
あらためてこの本を読みながらそれらのことがよくわかり、本当に間一髪だったと思った。


本書の118頁のあたりにそのことは詳しく書かれているが、福島原発の二号機が、もし爆発の仕方が少し異なっていれば、間違いなく日本は本当に五千万人移住の最悪事態になっていた。
それがたまたま、ゴム風船が爆発するのではなく、紙風船がプシュッとどこかで空気が抜けるような、そういう水蒸気の抜け方をしたので、格納容器の大爆発が避けられて、最悪の事態に至らなかったという。
また、四号炉がたまたま当時定期点検の遅れで原子炉本体に水が満たされていて、その水が使用済み核燃料プールに入って冷却してくれたおかげ大惨事にならずに済んだという。
二つの幸運がたまたま重なっただけだった。
本当に、あの時はきわどい状況だった。


さらに、この本を読みながら驚いたのは、このような深刻な原発事故が起ることを、そもそも全く想定していなかった、それまでの日本のありかたである。


原発の重大事故は起きない。その前提に立って日本の社会はできていた。原発を五十四基も作ったのもその前提があったからだ。法律も制度も政治も経済もあるいは文化すら、原発事故は起きないという前提で動いていた。何も備えがなかったと言っていい。だから、現実に事故が起きた際に対応できなかった。
政治家も電力会社も監督官庁も「想定していなかった」と言うのは、ある意味では事実なのだ。自戒を込めて、そう断言する。」(28~29頁)


菅さんがそう述べているように、本当にろくに備えができていなかったことに本当に驚く。
そもそも停電で現地で指揮をとることになっているオフサイトセンターが全く機能せず、やむをえず当初から首相官邸が中央から指揮をとることになった。
また、東電が電源車が必要だというので、首相やその他の人々が非常な苦労で電源車を現地に配備すると、肝心の電気のプラグが合わずに電源を回復することができなかった。
東芝がせっかく必要な資材を現地に送っても、立ち入り禁止で届けることができず、東芝の社長が菅さんと面会した時にそのことを話してはじめて菅さんも知り、現地に指令を出してはじめて資材が届いたという話にも、準備や指揮系統の問題をあらためて痛感した。


何よりも驚くのは、原子力の所轄組織である「原子力安全・保安院」のありかたである。
そもそも、原子力の専門家が組織のトップにおらず、福島原発の事故発生後、菅首相のもとに説明に来たのは、原発のことがよくわかっていない人物だったそうである。
経産省の外郭団体なので、経済官僚がそれらのポストにいたかららしい。
いかに深刻な事故が起きる事態を全く想定していなかったかがわかる。


菅さんが、保安院や東電の人々が全然に頼りにならず、何を聴いてもらちが明かない中、どれだけ大変だったか、あらためてこの本を読んでいてわかった。
その中で、菅さんが、現場の吉田所長とコンタクトをとり、東工大の学者をセカンドオピニオンを聞くグループとして自分の周囲に置き、東電の本社に乗り込んで統合対策本部をつくった経緯を読んでいると、あの時は菅さんでよかったと本当に思った。


たまたまその時の首相が菅さんだったことと、福島原発の所長が吉田昌郎さんだったこと。
このことも、福島原発事故が、最悪の事態を回避できた、大きな幸運のひとつだったと私は思う。


それにしても、たまたまいろんな幸運な偶然が重なって最悪の事態が避けられたからと言って、のど元過ぎれば熱さを忘れて、再び脱原発をやめて原発に依存し続けるならば、次は日本は本当に滅びるかもしれない。


この本を、批判するにしろ、支持するにしろ、まずはすべての人にしっかり丹念に読んで欲しい。
そのうえで、本当に原発な安全なのか、それとも菅さんが言う通り、人間にはエラーがつきものなのだから、こんな危険なものに依存すべきではないと考えるのか、各自がしっかりと当時の深刻な事態を認識したうえで考えるべきだと思う。


私は、この本を読んで、どう考えても、日本は脱原発の方向に進むべきだと強く思うようになった。
それがあの時に、命がけで事故に立ち向かってくれた方々への恩返しだと思うし、あの大震災で亡くなった方々の死を無にせず、今なお避難で苦しんでいる方々の涙を忘れないということなのだと思う。