今日、筑紫哲也『国家を考える。自我作古』(日本経済新聞社)を読み終わった。
とても良い本だった。
筑紫さんの生きていた頃は、よくnews23を見た。
筑紫さんの温厚で余裕と味のある笑顔や表情、懐の広いスタンス、そして社会の木鐸としての度胸ある発言が、この本を読んであらためてとてもなつかしい。
この本には、『週刊金曜日』において1993年から2008年の十五年間の期間に筑紫さんが執筆したエッセイが収録されている。
読みながら、あらためて、そういえばと、今はすっかり忘れていて思い出されることも多かった。
そして、何よりこの本において貴重なのは、それぞれの具体的な出来事や事件を通して、一貫して筑紫さんが語ってきた、筑紫さんの思想やメッセージの色あせぬ輝きだと思う。
筑紫さんがこの「失われた十五年」にいかに取り組み、発言してきたか。
今はすっかり忘れているさまざまな政界や官僚の不祥事、金融危機や事件、政界再編やイラク戦争などの個々の具体的な出来事や事件を通して、筑紫さんが説き続けてきたことは、これからの日本にとってもとても大事なメッセージが多々含まれていると思う。
まず第一は、「官尊民卑」「官主主義」と闘い、民をこそ大事にする在野精神や民主主義である。
「無責任の体系」「現実主義の陥穽」「雰囲気の支配」「既成事実の追認」と闘い続けること。
減点主義の官僚文化や、その腐敗としての「私腹国家」を批判し続けること。
それは、日本が昨今の混迷や政治的麻痺から脱却するためには本当は最も必要なことだったと思うし、今もそうだと思う。
問題は、冷戦崩壊後の失われた十年・二十年に顕在化したけれど、福沢諭吉や丸山真男がすでに指摘し格闘してきた問題だ。
社交性と協調性は違う、という指摘もそのような中から出てきたもので、とても大事な指摘と思う。
つまり、日本は異質性を前提にした上でうまく付き合う社交性が乏しく、組織の雰囲気への順応が押し付けられ協調性ばかりが強調されるというのである。
このような体質や文化の弊害は、たしかにこの二十年、日本においてとてもマイナスに働いてきたし、今もその悪弊は十分に改善されていないと思う。
また、筑紫さんが格闘した対象には、「投票率の低下」があった。
有権者の関心の低さや、政治からの逃避・離脱に対して、「とにかく投票にいこう!」としばしば自分の発言力への無力感を感じながら説き続けたことが、この本を読んでいて、あらためて胸打たれた。
投票率が低いと、50%以下の50%、つまり25%以下の人々が全体を支配し、公共の利益を捻じ曲げてしまいかねない、という指摘や、
イラクへの自衛隊派遣もあと5%投票率が高ければ止められたはず、という文章を読んでいて、あらためて考えさせられた。
「「市民とはあきらめない人たちのことだ」という定義もある。どうせ政治は何も変わらない、自分にやれることはないと「あきらめる人」は「市民」の名に値しない。」(272頁)
という言葉も、深く考えさせられた。
一方で、
「「とにかく変わって欲しい」という、そのとにかくが危ないのだ。どう考えるかを本気で考えないと―。」(212頁)
と述べているように、筑紫さんは民主主義の未成熟や暴走にも常に警戒や憂慮を欠かさなかったと思う。
そのことは、
「悲観主義は「気分」であり、楽観主義は「意思」であるという言い方からすれば後者でありたいとは思うが、最低限私たちがやらねばならないことは、現在の世代が前の世代から受け取った「現在」を、次の未来の世代により悪い状態で渡すことだけは避ける ―という一点だろう。この努力を繰り返している間だけは人類は生き延びるのだから。」(151頁)
という責任感に裏打ちされていたのだろう。
筑紫さんは、民主党への政権交代を見ることなく亡くなられたが、自民党長期政権が続く日本の病として、「隠し病」「先送り病」「しがらみ病」の三つを挙げていた。
この三つの病は、どの程度、今改善されていると見られるだろう。
また、細川政権を反自民の「反射体」に過ぎず、自ら「発光体」になれなかったと指摘していて、とても興味深かった。
今の民主党は、はたして単なる反射体から発光体にどれぐらいなれるのだろうか。(あるいは野党に転落した自民党も)。
さらに、より良い政治や社会を目指すために、筑紫さんは常に幅広い立場の人の意見を聴き、対話することを心がけていたのだと思う。
そのことは、「多事争論」という福沢諭吉の言葉を愛しておられたことからもわかるが、
「内輪の論理に立てこもり、自分たちの気に染まぬ動きや意見に対しては悪罵を放つことが批判だと思い込む危険がある。
敵と戦うつもりなら、なぜ敵がそういう行動をし、意見を持つかの観察力、洞察力、そしてできれば説得力を持たないことには戦いにならないし、ましてや勝つことなど覚束ない。」(85頁)
という、異なる意見の人間も進んで理解しようとする懐の広さと柔軟さと洞察力の深さがあったからだと思うし、そのことにあらためて感銘を受けた。
この精神、左右ともに、今これからの日本人に最も必要なセンスと思う。
自らを「文化的保守主義者」とし、自民党を「悪しき革新主義」とあえて呼んでいるところも面白かった。
筑紫さんが指摘するように、保守を自称する自民党は、戦後長い間、実は環境や生活様式については破壊的革新をこそずっと続けてきた一番の担い手だったのではないか。
それに対して警鐘を鳴らし、むしろさまざまな文化を愛し守ろうとしていたのは、一般的には革新の側に分類される筑紫さんだったろうと思う。
筑紫さんはある意味、本当の意味の愛国者だったのだと思う。
その目指した愛国心とは、閉じられた愛国心ではなく、普遍的な価値の担い手としての国民国家を愛する「開かれた誇り」だったのだろう。
パトリオティズムとジンゴイズムの峻別。
そのことがわからず、筑紫さんを簡単に「サヨク」とレッテルを張って批判するような人々は、あまり本当の意味の愛国心もしばしば乏しいのではなかろうか。
沖縄に対する本土の鈍感さを問題にし続け、常に沖縄に心を寄せようとしていた姿勢も、人間や国家・社会への本当の愛情があればこそだったと思う。
「大切なことは人がそこから何を読み取り、血肉化していくか」
起こった出来事を、健忘症のようにすぐ忘れるのではなく、きちんと覚え語り継ぎ、本当に未来に生かすためにそこから貴重なメッセージを汲み取り血肉化すること。
それこそ、本当の歴史や人間や国家社会への愛情である。
筑紫さんはそう言いたかったのではないか。
ダワーの『敗北を抱きしめて』に言及しながら、「第二の敗北をどう抱きしめるか」ということに注意を促していたのには、あらためてすごい慧眼と思った。
我々が、最も忘れずに覚えて、そこからの教訓を血肉化しなければならないのは、本当はこの失われた十五年のことなのかもしれない。
そのためにも、この本は極めて重要な時代の証言であり、一冊だと思う。
「過去は単なる過去として存在しているのではない。いつも「現在」の視点で振り返られる存在なのだ。
歴史はいつも「現在」とともに在る。」(362頁)
この本は「現在」において、あらためてじっくり読みなおされるべき本だと思う。