ETV特集 作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで

もう二年近く前、ETV特集で「作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで」という番組があっていた。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2009/0201.html

(以下はその番組を見た時の感想)



辺見さんは、小泉改革や金儲け主義や対米従属への批判などは、とても共感するし、いいことも言っていると思うのだけれど、

なにせその「暗さ」というか、あまりにもシリアスなのに、私がなかなかなじめなくて、あんまり今まで新聞に載ってるコラムを読むぐらいで、本を読んだことはないのだけれど、この番組を見てて何か読んでみたいと思った。

暗さと深刻さは、やっぱり私にはちとニガテな感じなのだけれど(^^;

あと、ちょっと違和感があったのは、カミュの「ペスト」を引用して、


絶望そのものより、絶望に慣れることの方が問題だ、ということをしきりに繰り返していたこと。

たしかに、辺見さんが言うとおり、本当は問題があるのに、その問題に麻痺してしまって、諦めて、見ないことにする、見えないようになる、ということは、大変な問題だと思う。

ただ、ある程度は、人は生きていくために、世の中の不条理や馬鹿馬鹿しさに対して、鈍感にならざるを得ないのだと思う。
あまり真剣に、神経過敏に、深刻に、世の不条理や問題に対峙し続ければ、それは立派な精神とは思うが、普通の人間には耐えられないことではあるまいか。

それよりは、人の世の不条理や馬鹿馬鹿しさを、ある程度は軽く見て、もうちっと余裕をもって軽く世に接して、自分の生活や命を大事にしていくことも大事と思う。
もちろんそのうえで、今ある問題をきちんと直視し、できるだけ良い方向にしようとしていくことは大事だろう。

ただ、辺見さんは、あまりにも笑いがなさすぎるというか、余裕がなさすぎる、深刻に過ぎる気もする。
とかくふざけて無責任な今の日本で、貴重なことではあろうけれど。


ただ、番組の末尾の方で、

「書かれていない物語を紡ぐ」

ということを言っていたのは、なるほどーっと思った。

今までは、とかく勝者や成功者ばかりを中心に歴史が紡がれ、またそうしたものを多くの人も求めて読みたがってきたけれど、

今の社会に蔓延する無意識のすさみを乗り越えるためには、かえって、そうした勝者にあった問題を浮き上がらせる、敗者の物語を押し上げることが大事なのではないか、ということを言っていて、それはたしかにそうかも、と思った。

「誰も書いていない物語を紡ぐ」

というところに、また違った生き方や世の中を構想する手がかりもあるのかもしれない。

たぶん、辺見さんが言う敗者というのは、現代における市井の中のそういう人のことだろうか。
あんまり幕末史とかは念頭にないかもしれないけれど、

幕末史においても、書かれていない物語はいっぱいあると思う。
日本の近代のあり方を見直すにも、維新の原初に遡って、書かれていない物語を紡ぐのは、大切な作業かもしれない。
幕末に限らず、明治や大正や昭和にも、そして今の同時代にも、書かれていない物語や、書かれることを待っている物語はいっぱいあるのだろう。

どうもいまいち気質の問題でなじめない気もするけれど、辺見さんというのは、まぁ、たしかに、今の時代における「草莽」の真打ちというか、稀に見る精神の強さを持った人ではあろうと思う。



(その後、結局、辺見さんの本はあまり読まずに今に至る。けれども、「書かれていない物語を紡ぐ」というテーマは、今もとても魅力的に感じるし、自分なりにそのテーマに取り組みたいと思う。)