映画 「バイス」を見て

映画『バイス』を見た。
ブッシュ政権時代の副大統領をしていたチェイニーを描いた作品である。
二十年前の、ブッシュ政権911イラク戦争の頃、陽気で軽薄そうな大統領のブッシュの側には、陰険でぼそぼそしゃべるおっかなそうなチェイニーがいたことはよく覚えいている。
あの頃の出来事を思い出しながら見た。
面白かったと言えばいいのか、見ながら腹が立って仕方がなかったと言えばいいのか。
見てて思ったのは、あれほどのことをしでかした人も、凡庸な悪人だったということだった。
タイトルの"vice”は、「悪」という意味と、副大統領の「副」という両方の意味がある。
まさにどちらも同時にチェイニーを現している言葉である。
だが、この映画は単純にチェイニーを極悪非道の黒幕と描くわけではなく、むしろイェール大学を飲酒とケンカで中退したダメンズであったところから描き、妻のリンの内助の功のおかげでその後の人生を立て直して、政治関連の仕事に就き、キャリアを地道に積み、心臓の病気で苦しみながら、リンの応援演説のおかげで下院議員に当選したという様子が前半は描かれていた。
その後、いったんは民間企業の重役におさまって悠々自適の老後になるかと思いきや、ブッシュに副大統領を任されることになり、昔からの知り合いのラムズフェルドとともにブッシュ政権を事実上切り盛りしていくことになる。
その間に行ったとんでもないことの数々も、この映画にはきちんと描かれていた。
たしかにしでかしたことはとんでもないことだし、どれほどイラクを破壊し、またアメリカのありかたを破壊してきたかははかりしれないのだけれど、たぶんチェイニー自身はさほど罪悪感を感じることはなかったのだろうと見てて思えた。
妻にとっては良い夫であり、同性愛者である娘もそのままで愛し慈しみ、家族と食事や釣りをともにする良い父親としての様子も描かれていた。
問題なのは、チェイニーやラムズフェルドのような人々のやり方や行いが、まかりとおってアメリカと世界を動かしてしまったということなのだろう。
その理由は、一言で言えば、愚劣な民意と世論ということだったのかもしれない。
イラク戦争では少なくとも60万以上のイラク人が死亡し、それとは別にISにより15万人以上が死んだことも映画ではあらためて告げられていた。
アメリカをイラク戦争に強引に突っ込ませ、かつISへの対策を怠ったチェイニーの責任は重いとしか思えないが、見方を変えれば愚劣な民意に沿ったというだけのことなのかもしれない。
べつにたいして優れた秀才でも、もともとは真面目でも勤勉でもなかったろくでなしだった人物が、たまたま家族愛に支えられ、自分なりに真面目に仕事に打ち込み地味にがんばっているうちに、世の中の流れの中でとんでもない権力をたまたま握るようになり、とんでもないことをしでかしていった、という、この映画が描くような現実に対して、どう考えればいいのだろうか。
神はどこにいるのだろうかとも思えるが、ただ当人が幸せなのかどうかは傍からはわからないことである。
心臓の持病で苦しみ続けてきたということであれば、好き勝手しているように見えて、他人にはわからない苦痛が常に人生につきまとってきたのかもしれない。
いずれにしろ、世論や民意というものがまともにならねば、また形を変えてチェイニーやラムズフェルドのような人々が跳梁跋扈することは、これからもしばしば十分に起こりうることなのだろう。
現にそうなっているのかもしれないけれど。

 

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