中西和上のこと

今日、K寺の前坊守さんから、数日前に中西智海和上がお亡くなりになったと聴いて、驚いた。

中西和上は、私は二、三回、御法話を聴いただけことがあるだけなのだけれど、とても印象深い方だった。

特に印象深かったのは、たしか、もう三、四年前だったと思うけれど、福岡の大濠公園のところにある本願寺会館に御法話に来られた時のこと。

たまたま、地下の駐車場に車を駐めて、エレベーターで上にあがろうとしていたら、中西和上と一緒になった。

私はただ聴聞に来ただけの、どこの馬の骨かわからない若い者に過ぎなかったのに、中西和上の方から「今日はよろしくお願いします」ときちんとこちらの目を見て丁寧にあいさつしてこられたのに、大変恐縮したし、襟を正される思いがした。

また、あれももう四、五年前だったと思うけれど、今宿のT寺に御法話に来られた時に、満堂で通路もぎっしり人がいて、私も通路の方に座っていて、そこを中西和上が御法座の合間に歩いて抜けられる時があったのだけれど、きちんと左右の人にあいさつされながら行っておられて、その時も偉い方だなあと思った。

人間、多少地位が偉くなると態度が横柄になったり、思い上がったりする人は随分多い。
また、うわべは別に横柄ではなくても、全然ひとりひとりをきちんと見ていないし、目を合わさずにその他大勢としてやり過ごしている人は、偉い人にはよくあることだ。

宗教団体でも、新興宗教の教祖などで随分横柄な態度の人がいるという話をちらほら聞く。
私もある団体の幹部クラスの人たちに、随分とひどい事例を見たこともある。

中西和上は、その点、本当に立派な方だなあと、私はほんの二、三回御法座の縁に連なっただけだったけれど、思った。
そして、こういう方が勧学なのだから、本願寺はやっぱりすごいものだと思った。

法話に入る前の、ご讃題で聖典を開く前に頭の上に掲げる御姿も、本当に敬虔そのもので、御聖教に対するその御姿勢に、とても教えられるものがあった。

法話で、「当相敬愛」という無量寿経の言葉についてとりあげておられたのも印象深かった。
煩悩の愛は「渇愛」であり、仏教の愛は「敬愛」である、
まさにお互いに敬い愛しあう、「当相敬愛」こそ仏教の生き方である、
そういう御話だったけれど、本当に自らそのとおり実践されていたと思う。

いつかまた謦咳に接することができると思っていただけに、なんともさびしいものだけれど、せめても数回ご縁に遇うことができて、本当にありがたかった。

K寺の前坊守さんは、「お亡くなりになった」とは言わず、「お浄土に往生なされた」と御話になっていたけれど、たしかにそのとおり。

また、何冊か出されている御本を、そのうちしっかり読みたいと思う。