佐々木毅 「政治の精神」

政治の精神 (岩波新書)

政治の精神 (岩波新書)


とても面白かった。

戦後の日本が、民主主義的な責任意識が起こらず、政治的思考の涵養もできず、政治的統合の機能不全が起こっているという痛切な自覚に立った上で、その処方箋の根底となる精神のありかを古典を参照しながら探っているこの本は、現代日本の心ある人にぜひ一度は読んで欲しい一冊。

著者が言うには、政治とは集団全体の決定と実行をめぐる活動であり、その活動の方向づけをするのが「政治的統合」であるという。
日本においては、1930年代、そして今日、その政治的統合の衰退と危機が起こっているとする。

著者は、その政治的統合を担う精神のあり方を問い、

当該集団の運命について自分が最終的に責任を負っているという感覚の重要性、

「何をどう実現するか?」「そのために何が必要か?」と問う精神の重要性、

現実を「可能性の束」として把握し、「実現できること」をめぐってリソースを冷静に問い把握し、
単に「実現していること」と「実現すべきこと」の両極端に走るのではなく、何が現実かを見極め、この現実から実現できることを見つけ方向付け育む精神を、

政治の精神として提示する。

著者は、それらの議論を展開するにあたり、丸山真男ヴェーバープラトン福沢諭吉トクヴィルらの言葉を参照しながら述べているが、あらためてそれら古典の人々の思索の深さと新鮮さにも、この本を読んでいると啓発され興味を喚起された。

特に、トクヴィルの議論は、19世紀のものなのに、あたかも今の日本を指摘しているように新鮮で面白かった。
「境遇の平等化」が進む中で、「個人主義」と「穏健な専制」が蔓延し、そこからいかにして突破するかというトクヴィルの提起し、かつ著者があらためて提起している課題は、今の日本にとってとても重要なものと思われる。

また本書に引用されているヴェーバーの、

「修練によって生の現実を直視する目をもつこと、生の現実に耐え、これに内面的に打ち克つ能力をもつこと」

という言葉は、本当に深いことばと思う。

さらに、著者は、シュンペーターの議論を参照しながら、今日の民主主義が一般国民が直接統治するものではなく、複数の政治的指導者が競争的にリーダーシップを発揮する、競争的闘争と選択の民主主主義であり、国民が指導者を選択するところに現代の民主主義の特質およびあるべき姿があると述べているのは、基本的にはよくわかるし、異論はない。
そのうえで、著者が「政党政治の精神」を提起し、政党経営や政権公約の重要性を説いていることも、とても重要な提起とあらためて思う。

ただ、あえて言えば、政党政治の精神の涵養と同時に、自治体レベルでの直接参加や組合・相互銀行などのアナキズム的な精神もこれからの日本には大事と思うが、それはこの本には述べられていない。
おそらく著者の関心外のことなのだろう。

二十一世紀型の社会をいかに建設するか、というテーマを、政党政治を通じて、政治家や国民がいかに真摯に問い、自ら政治的思考を鍛えながら行っていくか、それらは著者が言うように、もはや待ったなしの最重要の事柄かもしれない。

良い一冊だった。