竹嶌継夫 「死を前に控えて」

竹嶌継夫 「死を前に控えて」 (全文)

(竹嶌継夫中尉は、二二六事件の中心となった青年将校の一人。陸軍士官学校を首席卒業だったという。非常にすぐれた、死を目前にした魂の記録として価値のある、文章だと思う。)




竹嶌継夫 「死を前に控えて」 

 序

 昭和十一年二月二十六日、皇軍未曾有の大事に参加し、遂に七月五日、叛乱の罪名の許に死刑の宣告を受けたり。顧みれば此の世に生を受けて三十年、過去は是一場の夢、吾が三十年は悉く是れ非なりき。道を求むる事無く、酔生夢死、今に到りて悔恨の情に苛まれ然も及ばず。
 茲に過去を悔ゆるまま思ひ出づるままを書き残し、以て前車の轍を後人をして踏まざらしめんとす。
 三月、四月、五月は唯夢中に過ぎ、六月四日死刑を求刑され、同二十七日所長の好意により所感を記するを許さる。記す所は即ち二十七日以後の随感なり。
                               竹嶌継夫
昭和十一年七月五日 元陸軍歩兵中尉竹嶌継夫 叛乱の罪名の許に死刑を宣告せらる
謹んで記す
天皇陛下に対し奉り恐懼に堪へず、微臣謹而刑に服し以て地下に於て御詫び申上げ奉る。然れども微臣御上に対し奉り、一点邪心、二心無かりしを、死に臨みて言上し奉る。


皇軍に拭ふべからざる汚点を印したるは、我が浅慮の致す処、其の威信を失墜したるは誠に衷心申訳なき極み、死して尚償ふべからざるものあり。
願はくば皇軍上下一層自奮自励、其の志気を作興し、其の歩武を正し、以て、上 聖明に対し奉り、下 国民の期待に反かず、以て其の威信を中外に宣揚せられん事を。


一般国民諸兄諸姉に告ぐ
吾れ一端思索の選を誤り、皇国史上一点の汚点を染着せり。深く御詫び申し上ぐる処なり。願はくば吾人の進止を目し、以て前車の轍を踏む事無からん事を。
然れども本事件の結末、如此になりしは陸軍最高首脳部の処置にして、吾人は皇国の為め満身に汚名を帯び、地下百尺の処に泣かんとす。


獄中所感
吾れ誤てり、噫、我れ誤てり。
自分の愚かな為め是れが御忠義だと一途に思ひ込んで、家の事や母の事、弟達の事、気にかかりつつも涙を呑んで飛び込んでしまつた。
然るに其の結果は遂に此の通りの悲痛事に終つた。噫、何たる事か、今更ら悔いても及ばぬ事と諦める心の底から、押へても押へても湧き上る痛恨悲憤の涙、微衷せめても天に通ぜよ。


我れ年僅かに十四歳、洋々たる前途の希望に輝きつつ幼年校に入り、爾来星霜十五年、人格劣等の自分乍ら唯唯陛下の御為めとのみ考へて居た。然るに噫、年三十歳、身を終る。今日自分に与へられたるものは叛乱の罪名、逆徒の汚名、此の痛憤、誰が知らう。


幼年校入校以来、今日に到る迄身は常に父母の許を離れ孝養の道を欠いて居た。此の一、二年漸く自分の心にも光明輝き、これからは母にも安楽な思ひをさせ、弟達をも自分の及ぶ限り世話しやうと思つて心に勇み希望に燃えてゐた矢先、突如、一切は闇となり身は奈落の底に落下してしまつた。
永久に此の世で孝養はつくせぬ。噫、私は何も今更ら自分一箇の命を惜しみはしない。が後の事を考へると辛い。母や祖母や弟達、何一つ御恩返しも出来ず心配をかけ悲痛な思ひをさせて自分が斃れて行くのは如何にも辛い。


 ○
自分だけの一身ならば死刑も諦められる。
然し一度母を思ふと此の胸の中はかきむしられ、腹は千切られる様に辛い。
噫、此の苦しみ、誰が知らう。
私の母は心底から私を愛して下さつた。私の母ほど子供思ひはなかつた。私は真に幸福だつた。
之を書き乍ら母を思ひ、最早此の世でなつかしい母や弟達と愉快に談笑することが出来ぬと思ふと、不覚にも涙が出て止まらない。
会津若松聯隊に勤務して居たとき、落馬して怪我をした事があつたが、其の時仙台まで態々来て看病して下さつた優しい母だつた。
満洲から帰つた時は、広島まで飛んで来て迎へて呉れた母だつた。父なき後、子供達を立派に育てるためどんなに人知れず泣かれた事だらう。
然るに自分は此の優しい母を捨て、其の限りない恩愛を裏切り、遂に今日となつた。母の苦痛落胆、如何ばかりであらうか。母の楽しみ、希望を、無茶苦茶にしたのは自分だ。何といふ無残な自分であらう。
唯悔いと御詫びとの苦悩の中で、唯々来らんとする死刑の日を待つ。自分の様な愚者は、名誉も捨て世の為めなどと生意気な事も考へず、只管、母に仕へたらばといふ様な気もおこる。
噫、母や祖母や弟達は今如何に、親しき人達今如何に。冷厳な国法の下に身動きも出来ず、唯死の直前まで人人の名を呼び続ける。
「お母さん、継夫は馬鹿者でした。不孝の罪を許して下さい。申訳けありません」
祖母や喜久夫、智夫、幸福に一生を暮して下さい。弟達よ、母へ孝養をたのむ。
今日死刑の宣告を受け、涙を以て之を書いてゐる。
                          七月五日
此の獄中所感は所長の許に書き残した手帖中より一節を抜いたが、まだ時間がありさうなので別に其の大部分を書き抜いた。其れを次に書き誌す。


 ○
死!!何れの日にか死の無い者はない。唯平生はいろいろの事に取りまぎれ、自分は永遠に生きられるものだという迷ひに閉ざされて居るのだ。諸行無常、是程厳粛な、又是程明瞭な事実はない。逆賊と言はれてもいい、叛徒と片附けられても甘んじてゐる。然し天地の神々も照覧あれ。自分の心中に毫末の叛心は無かつた。
天子様に対し奉りどうして二心あらうか。
   六・二七


 ○
冷厳な国法の下に一切外部との音信は遮断され、勿論母に面会することは出来ぬ。
自分の心の中を一言半句母に通じ、其の御心を御慰めする事は出来ぬ。自分に許されて居る事は、唯必死になつて母や祖母や弟達の幸福を蔭ながら祈るだけだ。
   六・二七


 ○
天地人生一切は「まこと」の発現であり、真のみ此の世に存在す。 嘗つて自分は少々の偽りや欺き位、大したことはない、時には偽りも言わねばなるまいと考へてゐたが、否々、絶対に否、いかなる極少の偽りや欺きさへもこの天地間に於ては絶対に許されない。
天地厳たり、真のみ此の世に存在する。
真の力は偉大だ。 獄中の一大発見。さて自分の三十年間の過去は如何。 顧みて慄然とした。それは偽りと欺きとの醜い連続であった。 よくもこれまで命があつたものと思ふ。 偽りで塗り固められた自分の愈々死すべき時が来た。
真こそ此の世のすべてである。
   六・二七


 ○
人は平生何でもない時は偉大なものにすがるといふ気持は切実に湧かないが、一度此の様な境遇に落ちて始めて何かにすがりたいといふ気持が起る。是れが宗教心だらう。
御経を読むと何となく安らかな気持になる。真暗い中に一道の光を見つけた気持になる。
阿弥陀経に「西方十万億土に極楽あり 弥陀仏現に説法し給へり」と。現在も説法中である。何となれば御経を読むと歓喜の心を起すからだ。
   六・二八


 ○
青空が仰ぎたい。 太陽の光を全身に浴びて、大地を心ゆくまで踏みしめたい。 すがすがしい新緑の木の葉の匂ひを肺臓一杯吸ひたい。 さうして精一杯働いて働き抜きたい。 人はすべてを失つたとき此の心が湧く。
   六・二八


 ○
朝寝をしたい心、少しでも労力を省きたかつた、昔の俺、何といふ浅間しい奴だつたらう。
   六・二八


 ○
人間は反省せよ、深刻に自分を切り刻め。
自分は此度始めて自分の心の中を省みた。そして悉く三十年間の非を悟つた。然し最早再び此の世に出られまい。最後の最後の、いとも厳粛な審判であつた。
   六・二八


 ○
死ぬ気で飛び出して、ばちばちやつた時は平気で死ねた。又戦場でも同じだ。
然しお前は悪かつたと言はれて、死刑となるときは未練が出る。然も自分は悪いと思はぬのに。
びんびん躍動してゐる私の目前に、死刑を控へた時、その死は厳然として巨人の様に思へた。
少しもその前でふらふらした行動を許されぬ。逃れんとしても嫌だといつても、死といふ巨人は私をつかんで離さぬ。一寸の哀憐許されぬ此の気持、一分の虚偽も許されぬ此の気持、噫、是れなるかな、此の気持、人生の至宝。
   六・二八


 ○
悲しい事には、死の直前に来ながら私には生死の大安心がつかぬ。何といふ情けない事か。
女々しいと笑はば笑へ、今の私は死にたくないといふのが本音だ。最後まで生きて親孝行がしたい。名も官位も何もいらぬ、親の傍で暮すこと、これぞ現世至上の幸福だ。中江藤樹は流石に偉大だ。
   六・二八


 ○
懺悔の経文
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴
従身口意之所生 一切我今皆懺悔
   六・二八


 ○
道元禅師の正法眼蔵中、臨終の用心
夫れ生を明め死を明めるは仏家一大事の因縁也


 ○
死の直前!!前途は真暗だ。此の一身が崩れたら後は燈の消えた様に、ふつと無くなるものであらうか。或は肉体が滅しても、魂というものが残るのかしら。或は又生れ代つて他の生を受けるのかしら。一切判らぬ。
然し大聖釈尊は、因縁によつて後生、他の生を受けるといはれる。三世因果の理法は、天地の真理とされてゐる。之れを疑ふ事は出来ぬ。三十年や五十年の短い生涯、粟粒の様な小さな頭で天地の事を考へても判らぬ。古来幾多の哲人先徳も、誰れ一人として仏の言を疑ふものはなかつた。
形骸は土に帰する事明らかだが、何かしら死後の我れを信ずる気持になつた。
悲しい事には死の直前になつて此の生死の大事に就て確固たる大安心がつかぬ。此の大安心がつけば、生死とも超越し永久に生き行くことが出来る。


 ○
吉田松陰先生は獄中に在つて、死生有命、人間死ぬときは仮令獄中に在らうが無からうが死ぬ。然し生きてゐる限りは人として人の道を踏まねばならぬと言はれ、悠々欣然、最後まで獄舎内で弟子達に孟子の講義をされたさうです。噫、大丈夫哉、我れと相隔てる千万里、せめて真似でもしたい。
   六・二九


 ○
人よ、事がないと言つて嘆くな、退屈だといふな。
人生事なきは是れ幸福の頂上、何の奇もなき平凡な人生こそ聖哲の教へそのままだ。私の一生の如きは最も誤れるものと言はねばならぬ。情けない一生であつた。母や弟達に対して済まなかつた。絶痛、絶苦を味ははぜ何と御詫びをしやうか。
   六・二九


 ○
朝より雨、天地寂静、冷気肌に滲む。
今ははや乗るべき願ひ絶えにけり
電車のひびき胸にしみるも
   六・二九


 ○
母や弟や、今如何に。
母の御胸の中、押しはかるも涙、親思ふ心にまさる親心だ。ああ母を御慰めする由もない、どんなにか煩悶して居られるだらうに。
自分は面会はおろか一通の書信さへも許されぬ。母が態々刑務所の入口まで来られて差し入れまでされたのに、一言母の安否を問ふ事も許されぬ、御礼さへも言へぬ。
唯死ぬといふばかりでなく、此の悲痛、焦慮、何の因果でこんなに苦しまなくてはならぬのか。ああ然し、母や祖母は私以上に御苦しいのだ。
   六・三〇


 ○
遂ひに行く道とはかねて聞きしかど
昨日今日とは思はざりしを
とは業平の臨終の歌ださうだ。実感が迫る。


 ○
私は今まで何という馬鹿者であつたらうか。 死生の大事因縁を何とも考へずに、ただ人間生あれば必ず死あり、大丈夫たるもの死を憂へ、どうするか位に思つてゐた。
しかし死生の大事はそんな浅薄な簡単なものではない。
死生を立派に解決してこそ、始めて真に生きることが出来るのだ。 死ぬのが嫌で徒らに生に執着するのも、又生きているのが嫌で死ぬ気になるのも、共に生死の大事を解決してゐない者達だ。 生死共に脱し、大安心を得たいものだ。
   七・一


 ○
生死の巌頭に立つて尚、生死を断滅し得ざる弱き人間。自分は死の直前に立つても不安心で堪らぬ。まだ生きたがつてゐる。
世の中に最も悲惨なものは信仰なき弱き人達だ。
   七・一


 ○
あてにもならぬ人の口を信じ、どうにもならぬ世の中で飛び出して見たのは愚かであつた。
身を保ち、家を斉(ととの)へ、父母に孝に、兄弟に友に、是れまことの忠の道であつた。
何といふ馬鹿者か、親を捨て、弟を捨て、家を捨て、身を捨て、すべてを捨てて残つたものは君への不忠、親への不孝、世の嘲笑、そして身は死刑だ。後はどうなるか、安心して行けぬ。
泣くにも泣けず、笑ふにも笑へず、しらじらしき世、空虚な世、あぢきなき世、始めて始めて人生の無意義を知る。
   七・三


 ○
母や弟達よ、噫、死ぬときこれだけが障りだ。天下国家の為め飛び出すものは、親のあるものはやめよ。
   七・三


 ○
昨夜は夢で祖母と母とに会つた。又故父とも会つていろいろと話をした。一昨夜は夢の中で弟二人と会ひ、やれ嬉しやと話をしやうと思つた時、目が覚めた。夜半の一時ごろだつた。せめて夢で会ふのが今日此の頃の無上の楽しみだ。従つて夜が待ち遠しい。
女々しいと笑つてくれるな。俺は恋しいものは恋しい。昔の志士の様に偉くない自分は立派ぶる必要はない。
   七・四


 ○
夢に見る母や弟達の顔が、此上もなき悲痛の顔をしてゐる。何か間違ひがなければいいが。噫、痛苦骨を刺す。
   七・四


 ○今日は久しぶりで太陽の光がさす。
七月の陽光、そよそよと吹く風に房内は気持のいい程だ。そよ風を吸ふた。檻房の格子に顔を押しつけ鼻を出して胸一杯に吸ふた。 なつかしい匂いがする。 海の匂ひがする。 山の樹々の匂ひがする。 雀が二、三羽、陽ざしの芝生で嬉しそうに遊んでゐる。 雀になりたいなあ!!
   七・四


 ○
吾れ生れて三十年の学問、経験は無に等しい。此の四か月に得る処に及ばず、偉大なる体験、驚天動地の事件を以てする体験。
   七・四


 ○
午後四時、軍法会議より通知あり。明五日午前九時判決宣告さるる由。一段の緊張を覚ゆ。
   七・四


 ○
噫、死刑の宣告、万事終る。
三十年間如朝露 空々茫々夢中夢
   七月五日


 ○
七月五日午後五時半、突如天の啓示あり。 吾れ信仰に入る。歓喜す。
自分の乏しい力では到底駄目であつた。 三十年間の学問や経験、そんなものは無に等しい。 ありもしない自分の力で信を得やう、大安心を得やうとしたのは誤りだ。 一切の自力を捨て去つて、絶対他力に委せた。
生も死も仏天の思召だ。 そして我々凡人は罪悪深重のまま弥陀仏の本願に依つて極楽へ往生さして下さるのだ。 何の自分のはからひもいらぬ、疑いもいらぬ、其のまま仏告を信じて仏に委せてしまへばいい。
阿弥陀仏はとにかくそのまま救つて下さるのだ。 何だか知らぬが救つて下さるのだ。


 ○
阿弥陀仏は遠い遠い昔から私を待ってゐて下さるのだ、呼んでゐて下さつたのだ。私が気がつかなかつただけだ。 気づいたのも仏の御力だ。


 ○
噫、嬉しいかな。 自分は喜んで死んで行ける。 否、吾れ勇んで生きとほせる。
生き通し、此の偉大な真理を切に体験した。 生死を脱し何とすがすがしい事よ。 固より生も死も無い。 私は現に生きてゐる、永久に生きてゐる。


 ○
今までふらふらしてゐたが、もはや金剛の如く、大磐石の如く、無始無終に吾れは生きたり。
讃へよ、阿弥陀仏南無阿弥陀仏


 ○
昭和十一年七月五日午後五時半、無限の苦痛より脱し、無限の幸福感に入る。
今まで実際苦しかつた。が、すべてを解脱した。
最早何の障りもない、円融無碍、このままぢや、このまま仏になつた、何と慶ばしきかな。
   七・五


 ○
再生
死んだからとて嬉しい。 生きてゐても嬉しい。嬉しい事には区別はない。 生だとか死だとかに引つかかつてゐるから面倒がおこる。
一超直入如来
   七・五


 ○
荒れに荒れた嘗つての浅間しかつた私の心、今や静かな夜の空の様に静まりかへつて、怨み、愛しみ等、此の世のすべてを超え果てた。すがすがしい気持で、すべてのものを見ることが出来る様になつた。
浅間しい浮世、人々は何故憎しみ合はねばならぬのか。人々は何故互いに凌ぎ合はねばならぬのか。
殺伐の気持、未練な気持、此の世に執着を持つて、悶え苦しんだ私の過去、可愛いい自分の心をふりかへつて、自分自身で抱きしめたい様な気持になつた。
仏の御声を聞く。哀れな継夫よ、お前の此の世の因縁は盡きたのだ、最早もがくのを止めよ、そして自分の許に来いよと。
さうだ、父も居る、愛しい初江も、なつかしい児玉や加藤たちの友達も。昔の昔からの人々がすべてゐる。彼の寂光の浄土へ自分は勇んで旅立つのだ。


 ○
此の世の凡てのものよ、さらば。お母さん、弟達、一足先きに行きます。御世話になりました。
最早、是以上書き綴る必要もない。
弱かりし一生、はかなき人生に別れを告げた。
   七・六


 ○
七月七日、始めて面会が許された。久しぶりで仰ぐ祖母や母や弟達のなつかしい顔。
祖母や母が、悲しい中にも私を許して下さつた。私の心は矢張り母が一番よく知つてゐて下さつたのだ。何と喜ばしい事よ。
喜久夫にはあんな立派な優しさうな新妻が出来た。そして幸福さうだ。母も喜んで居られる。私の心配してゐた事が立派に解決してこんな喜ばしき事はない。聞けばその御父さんがすつかり私の一家を理解して下さつたと聞き、こんな嬉しくも有難い事はない。智夫は元気に学校に通ってゐるし、一家朗らかに暮らしてゐる。噫、此の幸福、これで安心して浄土に行ける。父や妹に話が出来る。
   七・七


 ○
遺詠
喜びの久しく茲に積り来て 千代に八千代に栄え行くらん
しばしとて人の姿は消へぬるを 唯捧げなん皇御国に

三十年間如朝露
一超直入如来

昭和十一年七月
         竹嶌継夫