西原正春 「朝の歌」
霜のきびしい朝。
いつもの露地を折れて又いくつか折れて
踏切を越へ橋を渡つて私は勤めにゆく
途(みち)に鼻緒の切れた女の兒の下駄が棄ててあつた
盲唖学校の前を通るとき
貧しいみなりに汚れた一団の少年たちと逢つた
少年たちは跣足(はだし)だつた
(如何にして少年たちは跣足なのであつたろう)
少年たちはいちやうに呻きに似た聲(こえ)で
喜悦を交はしてゐた
少年たちは
天を指し
今翔(かけ)すぎた鵬翼(ほうよく)のあとを追ひ
崇高な魂の叫びを
あげてゐるのだつた
金属の鳥の
いさましい羽音が少年たちに聞へるのだらうか
うつむいてくらした私の少年の
哀しい日がかへつて来たやうに
彼等少年のよろこびが胸に触れて来た
虹をくぐれ唖の少年たち
虹をくぐれ盲の少年たち
しやわせになるやうに
私は切なく胸につつんだ感動の痛さに
美しい日本の空を
仰ぐのであつた
(1942年)