「述懐」
生不聊生死不死 生きては 生を聊(やす)んぜず 死して死せず
呻吟聲裡仆又起 呻吟 聲裡 仆(たお)れて又起(た)つ
立馬湖山彼一時 馬を湖山に立つる 彼も一時
雄飛壮図長已矣 雄飛 壮図 長(とこしな)えに已(や)む
我生有涯愁無涯 我が生 涯(かぎ)り有り 愁い 涯り無し
悠々前途果如何 悠々たる前途 果たして如何
咄々休説断憶事 咄々(とつとつ) 説くを休(や)めよ 断憶の事
満山風雨波生花 満山の風雨 波 花を生じる
(大意)
(戊辰戦争に)生きのびた、
死んでも死にきれなかったこの身は、
たとえ生きていても安んじて楽しむことはできない。
うめき、うなる声の中で、幾たびか倒れ、また立ち上がってきた。
馬をしばしとどめて、再び戻ってきた尾瀬の湖や山を眺める。
しかし、この休息もほんの一時のことだ。
天下に雄飛しようとした、戊辰戦争の折の壮大な思いも計画も、永遠に挫けてしまった。
この私のいのちには限りがあるのに、愁いには限りがない。
(世直しをしなければならないこの命には限りがあるのに、薩長藩閥の不正と横暴による人々の苦しみや愁いには限りがなく、その社会や時代を愁いる私の愁いも限りがない。)
茫漠と広がるこれから先の人生の前途は、はたしてどのようなものだろう。
いかなる出来事や試練や運命が待っているのだろうか。
何を言っても拙い訥々とした繰言になる。
断腸の思いの記憶を語るのはしばらくやめよう。
いま目の目にある尾瀬の景色は、全山いっぱいに風雨がそそぎ、波は花のようにしぶき散っている。