昔ロンドンで見たユダヤ人とインド人の思い出

昔、もうかれこれ、十数年前になるが、ロンドンを一人旅していた時に、強烈な印象を受けたことがある。


それは、ユダヤ人とインド人の姿だった。


たしか、大英博物館のあたりだったと思うが、黒い独特な服装をしたユダヤ人の人々がいて、赤ん坊も連れていたのだが、私は生れてはじめてユダヤ人を見たので、その伝統的な独特の服装とオーラにとても驚いた。


また、たしか地下鉄のあたりだったと思うのだが、あるインド人の家族連れを見て、その服装が皆、純然たる伝統衣装で、見事で堂々としているのに驚いた。


ロンドンには、日本人も大勢いたが、私も含めて、一人として和服の日本人を見ることはなかった。


それと比べて、ユダヤ人とインド人は、中世さながらのような伝統衣装を着ている人もいたことに驚いた。
もちろん、全員がそうだというわけではなく、現代風の格好をしている人もそれらの民族の人には多くいるだろうし、実際、イギリスでは多くのインド人やパキスタン人の労働者も見た。
おそらく、私が見たインド人は、裕福な、高位のカーストの人が、旅行で来ているという雰囲気だった。
ユダヤ人も、今思えば、かなり厳格な正統派に属する人だったのだろう。


ただ、あの時に強い印象を受けたのは、主に三つのことを瞬時に感じたからだったと思う。


ひとつは、自分たちの伝統への確固たる信念と、その伝統を維持することへの強い意志である。


ふたつめは、自分たちの伝統に対して絶対の誇りと自信を持っており、イギリスの文化など自分たちに比べれば大したものにも思ってなさそうな自然体の自信である。


みっつめは、それらを形として、型として、確固として受け継いでいる姿だった。


この三つの点で、はたして今、どれぐらいの日本人が、そうしたものを持ち合わせているのか、甚だ疑問だった。


おそらく、どれほど世界が変化して、時が経とうと、ユダヤ人とインド人だけは、そのような自らの伝統の芯のようなものを保ち続けるような気がする。
そして、米英など、歴史の浅いたいしたことがない、今は栄えていて威張っていても、しょせんは成り上がりの一過性の新参者、ぐらいに思って、軽く流しているし、これからもそのように思っていきそうである。


それと比べて日本はどうなんだろう。


昨今、日本でも愛国心ナショナリズムが強調されたり、あるいはそれらを求める人々が増えているようにも言われるし、そのように見える現象もあるけれど、日本のそれらは、どうも何かピントがずれているような気がする。
はたして、それらの右翼や保守派の人々が、どの程度、日本の文化や伝統を深く学び、身につけているのか甚だ疑問である。
万葉・古今・新古今などを、私は一応は数百首はそらで暗唱できるけど、私程度と比べても教養のない、それどころか日本語の能力すらあやしい人々が、自称愛国者の方々には多すぎる気がする。


とはいえ、私もあんまり偉そうなことは言えない。
いつか和服でもぱりっと着こなして、ロンドンを悠々と歩いて、それを見た外国人が感銘を受けるぐらいの風格を身につけたいが、いつになることやら。