現代語私訳『福翁百話』 第七十六章 「国民の資産は国家の財産です」

現代語私訳『福翁百話』 第七十六章 「国民の資産は国家の財産です」




世の中の投資家や実業家は、財産を蓄えることに熱心で止まることを知らずにいます。
では、何のためにそれほどお金を集めるのかと尋ねるならば、答えに窮するようなありさまです。
冷淡に批評するならば、無駄に苦労しているようなものです。


そうはいっても、これは単にその人個人に関する批評というだけです。
目を転じて、一国の文明の進歩を目指し工夫し、そのために必要なものを問うならば、国民の持っている資産の力こそが大事です。
全国の国民がそれぞれに資産を増やすことを志して、衣食がすでにたりても、なおそのことに安易に満足せず、百に千を足し、千に万を加えて、財産が多くなればなるほどますます多くなることを欲求し、さまざまな新しい工夫をこらして、土地を開墾したり、機械を発明したり、運輸や交通をさらに便利にしたり、資本をうまく集めて分散する金融証券の仕組みを工夫したり、お互いに秘術を尽くして新しいものを競争しあう、そうした事柄において、最も第一に必要なことは資本金です。
ですので、国民の家計の上において、衣食以外に余るものがなければ、日々に新しく文明を進歩させていくことは望むことができません。


こうしたところから見るならば、国民が実際に富んでいることが、つまり文明開化だということだとも言えます。
それだけではありません。
文明の競争は単に国内にとどまりません。
世界各国が向かい合って、国と国との間にも大いに争っているものです。
自国の利益を守り、自国の名誉を維持するためには、常に兵力を必要とし、その兵力を備えるための費用もまた、国民の衣食以外にかかる費用となります。
そのため、国民各自は日ごろから、その心づもりがなくてはなりません。


ですので、ここに一つの自立した国家となり、国内においては文明の進歩を目指し工夫して、国外に対してはしっかりした安全保障の力を維持しようとするならば、国民はそれぞれただ自分だけの生計を満足させるだけでは十分な費用を捻出できません。
常に、自分だけに必要な費用より以上の資本や資産を持っていて、はじめてさまざまな用を済ませることができるものです。


ですので、投資家や実業家が熱心に財産を集める、その心を深く見つめてみるならば、必ずしも国家社会のためにそうしているわけではありませんが、国家公共の目から一般的に見るならば、そのような個々人の熱心な蓄財こそ、一国を自立させ、豊かにし強くする源です。
毎日ほんのかすかな利益を争って、ほんのごくごくわずかなお金も大切にし、進んでさまざまな事業に努力し、自分の身を立てて、会社や家を興すものがいるならば、本人の目的は老後の悠々自適な暮らしのためでも子や孫のためであっても良いのです。
ひどい場合は、守銭奴と言われるようであっても、別に咎めなくてもいいのです。
一切の個々人の資産は、つまり国家の財産であり、国力の源ですので、それぞれの個人に対する私情を離れて、私的な道徳の議論は別にして、公に国家の利害を思うならば、私は今日なお、日本人が金銭を軽視していることを非常に残念に思わざるを得ません。