この前、ある方が「活憲」という言葉を使っておられて、なるほどっと思ったことがあった。
護憲でも改憲でもなく、まずは「活憲」。
そもそも、いまあるものをきちんと活かすことができていないのに、変えるだの守るだの言うことはおこがましい気もする。
きちんといまあるものの中の良いものを活かすことができていてこそ、良く変えることも、良く守ることもできるだろう。
現憲法はGHQの押し付けという人もいるが、実際は高野岩三郎や鈴木安蔵らの憲法研究会の草案がGHQ草案にもかなり参考とされ取り入れられている。
さらに、GHQの草案も、日本が国会でかなり修正しており、現憲法二十五条などはGHQ草案になかったものを森戸辰男の発案により追加したものである。
二十五条が活かされているのか。
そうしたことをきちんと考えて、まずは「活憲」を考えることが、護憲か改憲かの硬直した議論よりは、当面の問題や国民生活を良くするためには何よりも大事な気がする。
現憲法の中でも十三条や二十五条および九十九条は、護憲であろうと改憲であろうと、その基本理念は異存のないことだろうし、どちらの立場であろうとまずはこれらの条文の「活憲」を目指すべきことが大事だろう。
「日本国憲法の歩みは、憲法をないがしろにしようとする政府と、憲法を実質あるものにしようとする国民との闘いの歴史でもあります。それは決して過去のことではありません。」
http://www.dpj.or.jp/news/?num=13212
と述べていた。
その志を忘れずに、いまや自分たちが政府の立場になった以上は、かつて言っていた理念のとおりに、十三条や二十五条や九十九条をきちんと現実化し充実するように頑張って欲しいものである。
実際、菅政権は、湯浅誠さんらを起用して、「一人ひとりを包摂する社会」特命チームを立ち上げ、自殺や社会的孤立の問題に取り組み、平成22年度は前年度に比べて千百人以上も自殺者数が減り、九年ぶりに三万二千人を自殺者数が下回った。
「一人ひとりを包摂する社会」特命チーム
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/index.html
このような菅政権の地道な取り組みは、「活憲」のひとつのありかたとして高く評価できると思うし、国民もこのような達成や努力をきちんと見て評価していくべきだろう。
野党も、まずは今ある最高規範に則ってそれを充実させるということ、憲政を充実させるということを何よりも大事にして欲しいものだ。
今日は、国民も、活憲のために、各自高い意識を持ち、よく憲政や歴史を学んで、日本をいかに良くしていくか、大震災後の復興のためにもあらためて考えをめぐらすべき日かもしれない。