今野大力・今村恒夫詩集

今野大力・今村恒夫詩集 改訂版

今野大力・今村恒夫詩集 改訂版


小林多喜二は最近ブームになったようだが、多喜二の盟友で、若くして非業の死を遂げた詩人・今野大力と今村恒夫の二人は、残念ながら今日あんまり人口に膾炙しているとは言えないと思われる。

しかし、今野や今村の作品には、その言葉の奥にまぎれもない何かとても貴重な、尊い真情や真実があるし、見つかると思う。

はたして、言葉ばかり饒舌になり、真実のことばがめったに聴かれない今の世の中のおびただしい出版物の中で、今野や今村のような言葉や、生き様は、いったいどれだけ見つかるのだろう。

あの時代を考えるためにも、一度は読んでみて良い作品集だと思う。


今野大力 「私の母」

そこにこうかつな野郎がいる
そこにあいつの縄工場がある
縄工場で私の母は働いていた

私の母はその工場で
十三年 漆黒(くろう)い髪を真白にし
真赤な血潮を枯らしちまった
私の母はそれでも子供を生んだ

私達の兄弟は肉付が悪くって蒼白い
私達は神経質でよく喧嘩をした
私達は小心者でよく睦み合った
私達の兄弟は痩せこけた母を中心に鬼ごっこをした
母は私達を決して追わない
母はいつでもぴったりと押えられた
私達は結局母の枯木のようにごそごそした手で押えられることを志願した
私達はよく母の手をしゃぶった
それは馬の胴引革のようだった
わたしたちはよく自分達の手をしゃぶった
それはいつでも泥臭い砂糖玉の味がした

日本ではやっきに戦争を準備し
至る処で暴動が起こり
多数の共産主義者が捕らえられた
しかし母はいつでも知らずに過ぎた
私達の母は文字を知らず 新しい言葉を知らない
私達の母は新聞の読み方を知らなかった
ただその母は子供を生む方法を知り 稼いで働いて愛して育てることを知った
私達は神の神聖を知らぬように母の神聖を知らない
私達は母のふところから離れ
母は婆さんになった
母は遂に共産主義の社会を知らない
母はやがて墓土に埋もれよう
だがその母の最後まで充たされなかった希望は
今、私の胸に波打ち返している



今村恒夫 「工場のあいつ」


あいつは民衆とともに行き
あいつは民衆の中に戦っている
民衆とともに喜び
民衆とともに怒り
不満を並べ 反逆し
随所に 随時に
あいつは民衆を離れていない
あいつは民衆の杖であり
民衆の親である
満身に満ち溢れた情熱を潜め
引き緊(しま)った意志的な顔に温和な真情を湛え
あいつはその巨大な体躯をひっさげて
民衆の中へ行く
民衆とともに戦う
日々の蕪雑な出来事や 煩瑣な身辺の雑談や 猥褻な淫談の中ででも
あいつは民衆とともにあり
笑い 談(かた)り 愉快に一緒に時を過ごし
(以下略)