ドラマ 東大落城

二年ぐらい前、”東大落城”というタイトルで、全共闘の時の安田講堂をめぐる攻防戦を再現したドラマがあっていた。

今は、動画も見れるようだ。

http://video.google.com/videoplay?docid=7030997945060396183#

(以下はその番組を見た時の感想)


けっこう面白かった。

なんといえばいいのだろう。

単純な感想としていえば、学生も機動隊の人も、さぞかし痛かったし大変だったろう、ということを思う。

催涙弾や放水による、寒さと皮膚の炎症や目の痛みに耐えて、学生はよく闘った。
また、機動隊の方々も、職務のためとはいえ、投石や火炎瓶によって、さぞかし危険な大変な目にあったことと思う。

ただ、戦闘の様子を見ていて、学生側に重傷のケガ人が出ると、一時休戦をして搬送していたことに、あらためてちょっと驚いた。
なんというか、闘いというには、悠長といったら、痛みをこらえて闘っていた当時の方々に失礼だろうか。

しかし、思うのだけれど、もしやるのであれば、ベ平連のような非暴力主義による抵抗をがんばるべきで、公共財である大学の建物の破壊や、あるいは入試が受けられなかった学生達や、また職務のために働いている機動隊の人々への、迷惑や苦痛は、やっぱり極力避けうるべきと思う。

もし、どうしても世の中を変えるために暴力が必要だとすれば、血盟団のようなやり方しかないのではなかろうか。
もしあの時代の学生達が、それほどに世直しを目指し、かつゲバルトによって、命をかけてでも世の中を変えたいと思っていたのであれば、血盟団のような方法をとれば、自民党を震撼させることは容易にできたのではなかろうか。
そうした方がよかったと言うわけではないけれど、機動隊とゲバルトで闘っても結果は目に見えているし、機動隊の人々を傷つけても仕方なかろう。
非暴力を否定する割には、暴力にも徹することがなくて、酷評するならばいささか悠長な児戯にも見える気がする。

ただ、それは後世の傍観者だからこそ言えることであって、高学歴の学生という特権を自ら否定して、一文の得にもならないのに、義侠心や大義のために、国家権力を相手どって一戦挑んだ全共闘の学生たちは、今の私の世代などからは到底及ばないぐらい、立派な、すごい人たちだとは思う。

全共闘の学生達の、ベトナム戦争によって殺されている人々をわが事のように憂い悲しみ、痛んで、そうした大義なきアメリカの戦争に唯々諾々と加担している自民党政府に憤慨したというのは、とても共感するし、とても大事な心だったと思う。
対米従属の世の中や時代に、一撃をくらわせたいという気骨と志操は、今の世にも見習うべき、とても大事な民族の正気とも言えるべきものだったろう。
軍産複合体への批判もよくわかるし、不条理な世の中への鋭敏な感覚と抗議というのは、とても大事なことだったようにも思う。

そして、なんというか、あれだけ華々しくやれたのは、私の世代からすればいささか羨ましい気もする。
ただ、もともと、仮にあの時代にいたとしても、もし私がやるとしたら、セクトで角材もって集団でやるのはたぶん無理だったろう。
協調性のない私には、あんまり集団でやるのはたぶん向いてないと思う。
やるとしたら、ベ平連のようにゆるやかな組織で非暴力や言論でやるか、あるいは血盟団や”狼”みたいにやるしかないと思う。

なんてことを、テレビを見ながら思った。

なんとなく、学生さんたちも、機動隊の方々も、皆様お疲れ様でした、よくがんばった、あなた方は立派だ、とねぎらいたいような気持ちにもなった。

それに比べて、私の時代ときたら、面白いこともなく、つまらない世の中だが、それは言い訳で、あの時代も、いろんな人が努力したからこそ、何かしらいろんな動きや抗議や牙もありえたのだろう。

面白きこともなき世を面白く。
また違った形で、私も何かできたらいいなぁ。

結局、自民党政権は今も変わらず続いているわけだし、抗議や気骨や反骨が大事なのは、むしろ今の方だろう。
にもかかわらず、明らかに、国民の士気や気骨は、あの時代に比べて、今の方が劣っているのではなかろうか。

福沢諭吉の言葉で言うならば、安田講堂におけるあの闘争は、「抵抗の気力」の発揮だと思う。
「抵抗の気力」が満ちてこそ、まともな文明社会も国家もありうるというのは福沢が強調したことだけれど、ある意味、60年代や70年代は、その点で、日本は真に活力に満ち、まだまだ見所のある国だったのだろう。
後世も、方法はともかく、気概気骨という点では、すこしはあのひそみに倣いたいような気もする。


(その後、政権交代があり、民主党が迷走を続ける姿を見るにつけ、この時代における抵抗の気力の発揮の仕方は、さらに難しく、よほどの知性と気力がないと難しいものに思えてきた。)