ナイジェル・ニコルソン 『ナポレオン一八一二年』再読

ナポレオン1812年 (中公文庫)

ナポレオン1812年 (中公文庫)


今日、ナイジェル・ニコルソン『ナポレオン一八一二年』という本を読み終わった。

この本、実は中学生の時に一度読んだことがある。
なので、かれこれ二十年ぶりぐらいだろうか。
ふと本棚から取り出して、読み直してみた。

ところどころ覚えていたけれど、ほとんど忘れていたので、あらためてとても面白く読めた。

それにしても、ナポレオンの一八一二年のロシア遠征の無謀さと無駄さと想像を絶する犠牲にはただただ驚かされる。

五十万を超える軍隊で出発して、パリに無事に帰還したのはほんの数万だった。
おびただしい軍馬も失われた。
ロシアの国民や兵士たちの犠牲もはかりしれない。

はかりしれない無駄と膨大な犠牲の前に、ただただ茫然とするばかり。
たった一人の独裁者の野心から、これほどの犠牲が引き起されたことを思うと、本当にナポレオンというのは、いかにそれまでの前半生に輝かしい栄光や偉業があったとしても、このロシア遠征の罪ばかりはとても許されないと思った。

また、極限状態での人間の、言語を絶する悲惨さや野蛮さにも、なんとも胸を塞がれた。

よく、第一次大戦で戦争なんてやめとけばいいものを、第二次やその後の戦争までおっぱじめるとは、なんと人類は愚かなのだろう、と思ってきた。
しかし、よく考えてみれば、ロシア遠征の悲惨さで、戦争のバカバカしさは十二分に学べるはずだった。
トルストイも、そうメッセージで発していたのだと思うけれど、なんと人類は忘れやすいものなのだろうか。

また、この本を読んでて持ったのは、全体として土台間違っていたロシア遠征だったとはいえ、その中において、細部において、さまざまな選択肢や岐路がたくさんあり、それらをことごとくナポレオンや旗下の将軍たちが失敗してきた、ということだ。
稀に、めずらしくナポレオンやネイが活躍する場面もあったけれど、おおむね、実に判断を間違っていた。
もっと迅速にモスクワやペテルスブルグを攻撃し、補給の準備もしていれば、あるいは国境からそう遠くない拠点で越冬し、ゆっくりとロシアと戦う構えをとっていれば、かくもみじめな敗北にならずに済んだかもしれない。

これほど無駄な、悲惨な戦争に巻き込まれた兵士やロシアの人々は本当に気の毒だし、
平和な世の中で、自由に生きることができ、ロシアの冬の寒さも関係なく、十分な食料とともに生きることができるというだけで、はかりしれないありがたいことなのだと、この迫真の証言をさまざまに盛り込んだ本を読みながら、つくづく思わされた。

二十年ぶりぐらいにあらためてじっくり読むことができて良かった。

恥ずかしながら未読だけれど、次は、トルストイの『戦争と平和』にそのうちトライしてみたい。