山村暮鳥 「人間の詩」

山村暮鳥 「人間の詩」

 
ぼくは人間が好きだ
人間であれ
それでいい
それだけでいい
いいではないか


ほくは人間が好きだ
人間であれ
この目
この耳
この口
この鼻
この手と足と

 
何といおうかこの立派さ
頭上に大きな蒼天をいただき
二本の脚で大地をふみしめ
樹木のやうにその上につったつ人間
牛のような歩行者
蜻蛉のような空中の滑走者


この人間をおもえ
この世のはじめ
まだ創造のあしたであった時を想像してみろ
そこに何があったか
茫漠としてはてなき荒野
おなじようなその上の空
それをみつけたのは人間だ
みんな人間が発見(みつ)けたのだ
みんな人間のものだ
翼あるもの
鰭(ひれ)あるもの
すべての匍(は)うもの
すべての草木
すべてのものを愛し
すべてのものに美(よ)き名をあたえた人間


一切の価値
一切の意義
一切の法則
一切は人間のさだめたところによって存在するのだ
人間あっての世界でないか
人間を信ぜよ
この偉大なる人間を
大地が地上に押しだした生(いのち)の子ども


人間であれ 
人間を信ぜよ
鉄のような人間の意思を
けだもののような人間の愛を
そして神神のような人間の自由を
ああ人間はいい


空気と水と穀物
それから日光と
そこで繁殖する人間だ
そこで人間は大きくなるのだ
そこで人間はつよくなるのだ

 
この人間は生きている
この人間は生きんとする
人間であれ
人間であることを思え
人間はいい
ぼくは人間が好きだ
ぼくが一ばん好きなのは何とゆっても人間だ
人間であれ
人間であれ
人間であれ
人間であれ


この人間はどこからきた
この人間はどこへ行く
それがなんだ
そんなことはどうでもいい
よくみろ
しかして思え
どんな世界を新しくこの人間がつくりいだすか
どんな時代を新しくこの人間がつくりいだすか
どんな大きな信念を
どんな大きな思想を
どんな大きな芸術を
この人間が生みいだすか


人間をみろ
人間をみろ
よくみろ
目をすえてみろ、太陽
永遠を一瞬間に生きる人間
汝の愛(いつく)しむもの
神神も照覧あれ
この生きている人間を