クエーカー信仰の本質―創始者ジョージ・フォックスのメッセージ
- 作者: ルイスベンスン,Lewis Benson,小泉文子
- 出版社/メーカー: 教文館
- 発売日: 1994/04
- メディア: 単行本
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クエーカーは、名前はよく聞くけれど、いまいちその中身がわからないので、知りたいと思って読んでみたけど、想像以上に過激(?)といえばいいのか、17世紀にできた当時のクエーカーはこんな感じだったのかとちょっと驚きがあった。
一般的には、クエーカーはプロテスタントやピューリタンの一派のようなイメージがあるけれど、クエーカーの自己認識では全然そうではないことがこの本でよくわかった。
クエーカーの創始者のジョージ・フォックスは、カトリックとプロテスタントという二つの根をどちらも拒否し、それとは違うものとしてクエーカーを考えていたらしい。
フォックスは、原始キリスト教の使徒の時代のあと、十七世紀まで、千六百年ぐらいの間、福音は失われており、ずっと「背信」の時代が続いていたという。
「永遠の福音」(everlasting gospel)、つまり今も働き続けているキリストの働きを感じ、声に耳を傾け、「内なる光」つまり聖霊の導きに従い生きることを説き、当時は急速に何万人もの信徒を得たそうだ。
フォックスの教えで興味深いのは、カトリックもプロテスタントも、救いと正義が分裂しているという指摘である。
フォックスによれば、特にプロテスタントやカルヴァン主義に見られる、人間の罪の結果は十字架の贖いにより救われるけれども人間の罪はそのままという説は誤りであり、キリストは救いと正義の両方を人類に伝えたという。
つまり、キリストは、今も働いて我々に何が正しいか何が悪かを教え続けており、内なる光に従い、正しく生きることにより、徐々に罪を克服し、完全に向かって向上していけるし、そうするのが正しい生き方ということである。
こうした考えから、当時、ピューリタンたちと激しく論争し続けたそうである。
以前読んだイクイアーノ自伝では、黒人や奴隷に対しても、クエーカーは非常に人道的で優しく、イクイアーノも彼らこそが本当のキリスト者だったと証言していた。
まだこの本だけでは十分には私にはわからなかったけれど、クエーカーは非常に興味深い教えだと思う。