バーネット 『小公子』

小公子 (世界文学の玉手箱)

小公子 (世界文学の玉手箱)


『小公子』は、小さい頃、アニメがあっていたのをおぼろげに覚えている。


アニメの中で、主人公のセドリックが「アニーローリー」をよく笛かオカリナで演奏していた。
それで、私も当時、リコーダーやハーモニカでときどきアニーローリーを練習して吹いていた記憶がある。


ただ、物語はほとんどさっぱり忘れてたので、今回読んでとても面白かった。


話の筋は単純で、アメリカで普通の家ですくすくと育っていた主人公のセドリックが、実は死んだお父さんは伯爵の勘当された三男で(お母さんがアメリカ人で恋愛結婚したため勘当された)、伯父二人が急死したため、急遽イギリスの大貴族の伯爵家の跡とりとなる。
セドリックを迎える祖父は、はじめは気難しく心を閉ざした老人だったが、セドリックの素直さや優しさに触れて徐々に心が溶けて人間らしさを取戻し、やがて絶対に会うことも拒んでいたセドリックの母親とも和解する。


といった物語である。


しかし、この単純な、世界名作っぽいストーリーにもかかわらず、不思議な感銘や感動を覚えるのがこの作品のすごいところだと読んでいて思った。


というのは、大人になってくると、ろくでもない人々を見て、徐々にこちらの心も凍る思いをしたりすり減ってくる。
どうにもならない世の中に、苛立ったり絶望したりする。
そういう経験を繰り返すうちに、いつの間にか、ドリンコート伯爵のように、世の中を冷笑し、斜に構え、心がこわばってくることは、誰でも多かれ少なかれあるのだと思う。
それが、セドリックの本当に優しい素直な様子を見ていて、ドリンコート伯爵とともに、徐々に心が暖かく溶けていくような気がする。


セドリックがかくも良い子なのは、そのお母さんがこの上なく良い心根の持ち主だからで、子どもと引き離されても恨みごと一つ言わず、あくまで子どもの幸せと他の人々の幸せを願って生きている姿が描かれるのだけれど、以下の言葉には本当胸を打たれた。


"Oh, Ceddie!" she had said to him the evening before, as she hung over him in saying good-night, before he went away; "oh, Ceddie, dear, I wish for your sake I was very clever and could say a great many wise things! But only be good, dear, only be brave, only be kind and true always, and then you will never hurt any one, so long as you live, and you may help many, and the big world may be better because my little child was born. And that is best of all, Ceddie,—it is better than everything else, that the world should be a little better because a man has lived—even ever so little better, dearest."


「ああ、愛しいセディー!私があなたのために、本当に知恵があって、多くのたくさんの賢いことを言うことができたなら。けれども、愛しい子よ、どんな時も、ただ良い人であり、ただ勇敢であり、ただ親切で真実であってちょうだい。そうすれば、生きている限り、あなたは決して誰をも傷つけることはないわ。そして、あなたは多くの人を助けることができるでしょう。私の小さな子が生まれたということで、この大きな世界は良くなることもできるのよ。そして、すべてにまさって、セディー、他の全てのことより良いことは、その人が生きていることで、この世界が少しでも良くなるということなのよ。たとえどんなにほんの少しでも。最愛の子よ。」


本当に、どんなに少しでも、この世を悪くするのではなく、良くすることができたら。
それが人の生きた証であり、意味ということなのかもしれない。


また、


"we must always look for good in people and try to be like it."
「私たちは人の良いところをいつも見るようにし、そしてそのようになるように努めなければならない。」


という言葉も、本当にあらためて胸を打たれた。


セドリックの母のこれらの言葉を、セドリックのように素直に実行すれば、どれだけかこの世は良くなるだろうか。

世の中そんなにうまくいくはずがない、と斜に構えて言う前に、自分はこのように生きる、ということが大切なのかもしれない。


それにしても、原作を読んで気付いたのは、「アニーローリー」は全く原作の中に出てこない。
アニメが付け加えたエピソードだったのか。
しかし、よく作品にあった曲を持ってきたものだとは思う。


また、面白いのは、アメリカにいた頃、まだ七歳ぐらいのセドリックは、政治にも興味を持って、共和党を熱烈に支持している。
19世紀半ばの、イギリスはビクトリア女王の時代だけれど、この時代は、今とは正反対で、共和党が進歩的な政党で民主党がむしろ保守的なスタンスだった。
20世紀中でどういうわけかそのスタンスが大幅に入れ替わり、今は真逆になっている。
セドリックの時代に、初の黒人大統領は民主党から出ると聞いたら、誰も信じなかったろう。


そういった時代背景も面白かった。
あと今以上に、アメリカとイギリスはおそらく遠く隔たっていた時代だったのだろう。
そういえば、チャーチルの母はアメリカ人だったが、若干リアル小公子っぽい少年時代だったのかもしれないと思うと興味深い。


自分の心がセドリックに会う前のドリンコート伯爵のようになりかかったら、またこの作品を読み直したいと思う。