ジュリアス・レスター 「アメリカ黒人昔話集」

アメリカ黒人昔話集 (1978年) (現代教養文庫)

アメリカ黒人昔話集 (1978年) (現代教養文庫)

良い本だった。
アメリカの黒人に伝わるさまざまな昔話や民話が集めてある。


ハイ・ジョンの物語は、本当に笑わせられる、痛快な物語だった。


また、無法者のスタゴリーは、何せひどい奴で、飲んだくれのギャンブラーのガンマンで、白人の保安官も問答無用で撃ち殺すならず者なのだけれど、その葬式には多くの人々が嘆き悲しんだ、という話は、なんといえばいいのだろう、きっと通常のモラルでははかりしれない、モラルが転倒した社会における非道徳は人々の怒りの代弁者みたいなところがあったんだろうなぁと思わされた。
どうも実在の人物がモデルにいたようである。


ジャックと悪魔の娘のビューラ・メイの物語も面白かった。


そして、とても心に残るのは、「空を飛べた人たち」という物語。


ある大祈祷師の息子が、アフリカで捕まって奴隷となってアメリカに連れて来られて農場で働かされる。
ある年齢に達するまで、魔法を使ってはならないと言われていたので、本当は強力な魔法を知っているが、みんなと一緒にずっと耐えて働いていた。


ある日、農場で黒人たちがいつものように働かせられ、白人たちが鞭を持って見張っていたのだけれど、あまりにもその日は暑くて、妊娠している黒人の女性が立ちくらみで倒れた。


すると、白人たちは水をぶっかけて鞭で叩き、すぐに働くように命じた。


その様子を見て、大祈祷師の息子は、その女性の耳元に、白人たちの眼を盗んでそっとあることをささやく。


その女性は他の人に、その他の人はまた別の人に、と列をなして働かせられている農場中の黒人たちにその話は伝わった。


と、そうしているうちに、また別の黒人があまりの暑さと疲労で倒れた。


白人たちが鞭を持って叩こうとした、その時。


黒人は、わけのわからない言葉を大声で叫ぶと、宙に浮きあがり、空を飛んで行った。


白人たちは驚き、かつ怒りだし、誰があんな入れ知恵をつけた、誰の責任だ、と尋ねたが、皆口を割らなかった。


そうこうしていると、今度は、さっきの妊娠している女性が再び立ちくらみで倒れた。


また白人たちが鞭を持って叩きに行こうとするのを見ると、大祈祷師の息子が、「今だ!」と叫んだので、今度はその女性がわけのわからない言葉を大声で叫ぶと、宙に浮き、空を飛んで行った。


今度は犯人がわかったぞ、と白人たちが大祈祷師の息子の方に銃と鞭を持って襲いかかろうとすると、


大祈祷師の息子も、他のみんなも、一斉にその言葉を叫ぶと、全員宙に浮きあがり、空を飛んで、海を越えて、なつかしいアフリカの故郷に帰っていった。


という物語である。


もちろん、実際にはありえない話なのだろうけれど、この物語が長い間ずっと南部の黒人たちに語り継がれたという背景を思うと、思わず涙が出そうになる。
これは願望であり、そして決して失われぬ夢だったのだろう。


また、最後のデイブの物語も良かった。
デイブは白人の主人の子どもたちが溺れかかっているのを助けてあげ、そのうえ誰よりもよく働きいっぱいの収穫物をもたらし、約束通り、自由を自分の力で勝ち取る。
主人は一応自由を約束通りデイブにあげるが、さまざまな言葉や甘言でとどまらせようとする。
しかし、デイブはまっすぐカナダでまで歩き続ける。


「誰かほかの人に自分がどういう人物かを教えらている限り、自由だとはいえません。
(中略)
でも、デイブのようになりなさい。
子供たち、自分が正しいとわかっていたら、ただ歩き続けなさい。
うしろからどんなことを言われても気にしてはいけません。
ただ歩き続けなさい。」
(205頁)


というメッセージは、深く心に残るものだった。