真荷上人法語

真荷上人法語


つらつら阿弥陀仏の大悲弘誓の深き事を思いめぐらすに、胸もだへて涙とどまらず。
誠なるかな、六八の大願(※阿弥陀如来の本願・四十八願のこと)は。
末世愚悪の衆生を救わんためにして、昔、無量阿僧祇劫の難行苦行も、その功ひとり名号にあらはす。
このゆえに名号の不可思議なるは、とりもなおさず、これ仏の御願力なり。
行者の信心、仏の願心と全く相応して一心決定すれば、一念十念果して往生をとぐ。
更に念称相続して勇猛精進なれば、現前に弥陀諸仏を見奉り、当来には上品上生掌を指すが如し。
いかなる阿弥陀仏なれば、かく発し難き御願を発して、この愚なるを導かせたまう。
いかなる我等なれば、あい難きこの御願にあい奉り、悠悠として信心を発さざるや。
今、我れ、詞を同行念仏の人によす。
無常の殺鬼老若をえらばず。一息来らざれば、永く悪趣に入り、必らず朝夕をまたず。
速やかに身心放下して、一心に称名念仏せよ。
大悲の御願深重なり。来迎引接なんぞ疑わむ。