ロックネル 『エムデンの戦い』

エムデンの戦い (新戦史シリーズ)

エムデンの戦い (新戦史シリーズ)


今日、ロックネル『エムデンの戦い』という本を読み終わった。
第一次大戦で活躍したドイツの軽巡洋艦・エムデン号とその乗組員たちのことを描いた作品。
さまざまな証言や回想録から、とてもわかりやすく、具体的にエムデン号の戦いとエムデン号が敗れたあとの乗組員たちの冒険が描いてあった。
しばしば、心震え、本当に心躍るような気持ちで読むことができる、とても面白い本だった。


エムデン号は、たった一隻で、ドイツが劣勢という圧倒的に不利なアジアの海の状況の中で、イギリス・フランス・ロシアなどの連合国の艦船を三十隻以上拿捕、あるいは撃沈し、インド洋や東南アジア近海の連合国に一大脅威と打撃を与え、しかも大胆不敵にもマラッカとペナンの二つの港湾にまで侵入し、石油タンカーを破壊したり、巡洋艦を撃沈するなど、まさに神出鬼没の活躍をした。


多くの商船を拿捕したが、エムデン号の艦長のカール・フォン・ミュラーは、常に国際法を遵守し、拿捕した商船の乗組員たちの身柄は常に丁重に保護し、必ず生きて帰れるようにはからった。
そのため、解放された拿捕船の乗組員たちから、エムデン号やミュラー艦長に万歳の声があがることも再三あったという。
戦いにおいても非常にフェアだったという。


エムデン号がたった一隻で敢然とインド洋での戦いに赴き、信じられない戦果を挙げたことは、本当に二十世紀初頭の奇跡というか、最後の英雄的な艦船の活躍だったような気もする。
そして、このような任務を敢然と行える艦長以下の人材のすごさを見ていると、人間は本当にすごいとあらためて思った。


また、この本は、活躍のみでなく、その裏側で、いかに艦長以下、補給の問題や日々の生活に頭を悩まし、苦労をしていたかもよく描かれていた。
エムデン号も、華々しい活躍は表面で、いつも補給の問題に頭を悩ませ、地道に石炭の補給や食料補給、掃除や洗濯などがけっこう大変だったらしい。
石炭の積み替えは特に重労働だったらしい。
そういう具体的な地道な努力や苦労があったうえでの、あの赫々たる武勲だったのだろう。


この本に描かれる、エムデン号のドイツ海軍軍人たち、および敵のイギリス海軍軍人たちは、非常にフェアで、互いに敬意を持ちあい、本当にすがすがしかった。
二次大戦の仁義なき戦いと違い、一次の頃は、わずかながらこういう事もあったんだなぁと感心させられた。
エムデン号は最後はイギリスに撃破され、艦長以下降伏するが、イギリスは非常に丁寧に礼節を尽くして迎え、コロンボに寄港した時も、恒例だと勝利を祝う万歳をあげるのを、エムデンに敬意を払い、万歳を自粛したという。


あと、この本ですごいと思ったのは、エムデン号の後日談。
エムデン号が敵艦船にやられて大破し降伏した時、乗組員の一部はディレクション島に上陸していた。
このミュッケ大尉以下の五十名は、エムデン号が敵艦船に急襲を受けて海戦の末、大破し降伏したのを知ると、自分たちだけは島にあったボロボロの小舟に乗って中立国だったオランダ領まで渡り、そこでドイツ領事の協力のもと新たなドイツ商船に乗り込んでイエメンに渡航、イエメンから沙漠を駱駝に載って渡り、ベドウィンの襲撃を受けながら北上し、ついにドイツまで帰国したというのだからすごい。


ミュラー艦長やミュッケ大尉を見ていると、人間は己の任務に忠実に、そして精魂を傾けて奮励努力すれば、普通では考えられないことをやり遂げることができるということを本当に思わされる。
そして、その過程において、正々堂々とフェアであれば、敵味方を問わず敬意を持たれ、はるか後世の人にまで語り継がれるようになるということも、よくわかる気がする。


とても良い一冊だった。