- 作者: デイヴィッドアーミテイジ,David Armitage,平田雅博,大西晴樹,岩井淳,井藤早織
- 出版社/メーカー: 日本経済評論社
- 発売日: 2005/06/01
- メディア: 単行本
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面白かった。
本書は、16〜18世紀にかけての、ブリテン(イギリス)における「帝国」のイデオロギーがどのように発生し、変遷してきたかを描いている。
この本によれば、従来のイギリスの歴史においては、国内史と植民地の歴史(帝国史)は全く二つに分かれて研究されてきており、その二つの絡み合いがあまり解明されずにきたという。
また、従来、イギリス(ブリテン)の帝国の歴史については、ヴィクトリア朝の頃(いわゆる第二帝国)を中心としたものが大半で、アメリカ独立以前の、いわゆる第一帝国についてはあまり十分な検討がされてこなかったという。
本書はその点で、いかに「帝国」が当時のブリテンの国内の歴史や思想にインパクトを与えてきたものか、また第一帝国においていかに帝国の観念が変遷してきたかについて、とてもわかりやすく描いてあり、面白かった。
ロックやヒュームなど、名前ならば日本人も誰もが知っている哲学者が、けっこうブリテンの海外領土や帝国について意識した発言やそれを踏まえた思想を紡いでいることも興味深かったし、日本人にとってはいまいちなじみのない多くの思想家によって、少しずつ古代の思想を読み替えたり、現実を組み込みながら、帝国の概念が変遷を遂げていった様子も面白かった。
ブリテンの場合、イングランド・スコットランド・アイルランドの中世・近世以来の三王国の関係やせめぎ合いの中で、帝国や海事に関する思想や概念は発達してきたものであるということもよくわかった。
海外領土の発達に先だって、ブリテンにおいては三王国・複合国家における長いせめぎ合いや観念彫琢の前史があったからこそ、海外領土が発達したあとも、法的な諸問題や植民地との関係において、わりと冷静・平静な態度で淡々と商業・海事の帝国を築いていけたのかもしれない。
この本を読んでいて思ったのは、ブリテンの帝国の属性は「自由、商業、海事、プロテスタント」にあり、しかもプロテスタントというのもさほどに狂信的なほど強力なものではなく、あんまり突飛な使命感やロマン主義的なところはそもそも存在せず、財産権や貿易に関するいたってビジネスや法的なところでの実務的な帝国理念であり、随分と戦前の日本の帝国理念とは違うものだなあとあらためて驚かされた。
戦前の日本も、海外領土を持つ「帝国」ではあったけれど、ブリテンと異なり複合国家の前史を持たず、また貿易や商業よりも軍事的な帝国ばかり志向し、しかも神道というプロテスタントと異なり普遍性を持たない宗教にアイデンティティを依拠させたところに、イギリスと異なり帝国としてあまりうまくいかない要因がもともと伏在していたのかもしれない。
これが、神道ではなく大乗仏教を前面に出し、軍事よりも貿易や商業に重きを置いていれば、若干異なった結末があったような気もしてくる。
あと、個人的には、ハチスンやヒュームが、「手に負えない帝国」、制御不能な戦争国家に対し批判的な論陣を張り、なんとかこの帝国理念に立ち向かおうとしたという点が興味深かった。
いつの時代も、帝国のイデオロギーを見抜き、それに対して批判的な検討を加える知識人がいるもだし、またそういう存在こそ世の中の健全さには不可欠な存在なのかもしれない。
いろいろ考えさせられる本だった。