安能務 「韓非子」

韓非子〈上〉 (文春文庫)

韓非子〈上〉 (文春文庫)


面白かった。

特に興味深かったのは、韓非子の「治勢」篇に注目していること。

著者によれば、韓非子が「治勢」という言葉で表しているのは、特定の政治家のリーダーシップに依存しないで、仕組みに基づき政治の勢いをつくりだすことらしい。

つまり、堯舜のようなめったに現れるかどうかわからないリーダーを待望するのではなく、政治組織やシステムを工夫することによって誰がリーダーでもかなりの機能を発揮できるように工夫することこそ大事だと韓非子は「治勢」ということを通じて説いていたという。

空虚な徳目とありえもしないような聖人待望論に終始した儒教と比べて、韓非子は確かにとてもすぐれた見識をあの時代にすでに先取りしていたと思う。

「分工合作」つまり分業の大切さも韓非子は力説していたそうだ。

また、「下必坐上」ということも興味深かった。
下必坐上とは、上司の腐敗や不正を下級の者が告発するようにし、そうしないと連座の罪に問われるようにすることで、腐敗を一掃する工夫のことだそうである。
この本によれば、台湾の蒋経国のブレーンの厳霊峯は、韓非子の愛読者であり、この「下必坐上」を実行して劇的にそれまでの腐敗した国民党の政治を改めて綱紀粛正を行うことができたそうである。
韓非子の知恵というのは、時空を超えて二千年以上経ってもけっこう使える場合があるということのひとつの証拠なのかもしれない。

「非を為す能わざる」ようにすること、
つまり自発的に行う善を人々に期待するのではなく、人々が悪いことをできないように法や仕組みを工夫することに力点を置いているところも、韓非子のとても考えさせられるところだと思う。

あと、個人的に興味深かったのは、「蚤服」という言葉。
「蚤服」とは、ものごとの道理や必然の流れに逆らわずにさっさと従うことで、そうすれば要らない葛藤をして自分の心身を苦しめることもなく、静かに落ち着いた心境で生きることができるという。
振り返ると、私はけっこう私的な生活のことでも国家社会のことでも取り越し苦労や葛藤や憂いや憤激を抱えてきたように思うので、
これからはなるべく韓非子を見習い「蚤服」を心がけようかと思った。

道理に背いてはなかなか物事はどれほど努力しても成就しないということを「三年一葉」、つまり三年かかってやっと葉っぱひとつをつける、という言葉で論じているのもなかなか面白かった。

三年一葉にならぬよう、世の大勢や必然性や道理を見据えて従う「蚤服」こそが、人が生きていくうえで大事なことなのかもしれない。

また、韓非子が、自分に勝つことを強という、という内容のことを述べているのもなるほど〜っと思った。

著者がいうには、韓非子の要点は、

治勢=統治組織と政治機構、システムの工夫。
法術=法と技術
治道=政治的な理想と個人の蚤服の生き方

の三つというけれど、そのとおりと思う。

この三つをポイントにして、さらに丹念に折に触れて韓非子を読んでいきたいと改めて思った。

そういえば、晩年の石川三四郎は秦の始皇帝の研究に随分励んでいたようだが、始皇帝が一番感嘆し学ぼうとしたのが韓非子尉繚子だったそうだ。
私も韓非子尉繚子は折に触れてよく読もう。



前書きの部分で、著者が引用している、

杜甫の、「男児須く読むべし 五車の書」ということばと、

蘇軾の、「読書万巻始めて神に通ず」

ということばが、印象深かった。

あと、韓非子の本名はおそらく「姫非」だったという話は、なるほど〜っと思った。

韓非子マキャヴェリとともに、政治の世界の固有の法則を発見した、現代政治学の祖だという話も、なるほどーっと思う。

・衆端参観
・倒言反事
・試度其功
・功用為的
・虎取我守
・蚤絶姦萌
・犬猛酒酸
・揺木矯直

などの言葉は、なるほど〜っと思った。

特に「衆端参観」、つまり多くの人の意見を聞いて参考にすることは、私も心がけよう。

「君主以独為貴」というのも、なるほどと思った。

韓非子は、本当に繰り返し学ぶべき、すごい書物と思う。