雑感 「出征兵士を送る歌」

「出征兵士を送る歌」を聞くと、歌の力、あるいは歌の魔力というものをひしひしと感じる。

あの時代にあまりにもぴったりというか、きっとこの歌を聴いて戦意高揚させられた人は大勢いたのだろう。

なんといえばいいのだろう、このある種の晴れがましさを持った勇ましさはめったにない、歌として純粋に言うならば、非常によくできた歌だと思う。

なんちゅうか、こういう時代だったんだろうなぁ。。
全体主義といえばいいのだろうか、軍国主義というのだろうか、今の北朝鮮マスゲームとよく似たノリだったのだろう。
そして、決してそれは嫌がる国民が上から無理に軍部にそうさせられていただけというわけではなく、きっと晴れがましく楽しく、国民が嬉々として自らこういうムードになっていったところもあったのだろう。

この歌をつくり、そして歌っている林伊佐緒は、この歌をつくった時に二十七歳だったらしい。
てっきりもっと年をとった老練な人がプロパガンダでつくったと思いきや、実はそうではなく、若者がつくっていたわけだ。
そこにまた、時代を感じる気もする。

日中戦争は、実際はこんなに晴れがましいことばかりではなく、随分悲惨な戦争だった面もあったわけだけど、内地の国民にはおそらく当時この歌などのイメージで描かれて、そしてどんどん拡大させられていったのだろう。
いつの世も、きっと酔う方がラクなのだろうと思う。
あとの苦しみを考えなければの話だけれど。
冷静に懐疑するのは、ノリが悪いと思われがちだし、決してあんまり楽しいわけではなく、しんどいものだ。
しかし、あとの苦しみを考えれば、安易に酔わないようにすることが万事大事なのかもしれない。

たぶん、この歌の魅力によって日中戦争が拡大した部分があったとすれば、この歌にもいくばくか責任があったのかもしれないし、日中戦争そのものは、特に後世からは、単なるイメージではなく、もっと突き放して、冷静に検討されるべきものなのだろうと思う。

にしても、そのことをよく踏まえた上で、歌だけとして見た場合、この歌は非常に良い歌だ。
語弊を恐れずに言えば、戦後のアニソンの名曲と非常に近いものを感じる。
宇宙戦艦ヤマト」や「巨人の星」などのある種のアニソンと、よく似通ったものをなんとなく感じる。
軍歌はアニソンの先祖、アニソンは戦後の軍歌だったのかもしれない。

だとすれば、たぶん、男の子的な想念や妄想は、せいぜいがサブカルやアニソンぐらいに留めておいた方が、世の中への実害はなくていいのかもしれない。

また、今の日本に、これほど勇ましく晴れがましい時代を代表するような歌がもしないのだとすれば、実はその方が、案外と幸福なことなのかもしれない。

私の亡くなった祖父は、日中戦争で七年も戦地に行っていたらしい。
幸い、自動車の免許を持っていたために後方の補給部隊の配属になり、一度も戦場で人を殺すようなことはせずに済んだそうだ。
とはいえ、戦地で七年も過ごすのは大変な苦労だったらしく、楽しかった思い出もあったようではあるけれど、苦労話も生前、夏休みに会った時などは聞かされた。

この歌を祖父から直接聞いたことはなかったけれど、たぶん聞けばよく覚えていたことだろうし、なんと言ったろうかと想像すると結構面白い。

たぶん、うちのじいちゃんだったら、

「よか歌ばってん、戦地に行ったこつのなかもんの歌うこつで、こぎゃんもんじゃなかばい。」

良い歌だけど、戦地に行ったことのない人間が歌うことであって、こんなもんじゃない、ということを熊本弁で言いそうな気がする。

今の日本は、幸い今のところ、国民が総動員されて戦争に行くようなことはまず考えられない。
しかし、事柄や規模の大小の違いはあれ、一定の方向に国民のムードが流れることは、戦前と同じく、今もよくあることかもしれない。
動画やニュースや歌などは、人心に強い影響を持つ。
一定のムードにもし世の中が流れていたら、そして往々にそれは楽しく、心地よいものなのかもしれないし、あるいは不満のはけ口やストレス解消になることだったりするのだけど、さらには往々にしてムードそのものが一定の方向へのムードだと自覚されないことも多いのだけれど、
あんまり熱にのせられず、醒めた目で突き放して冷静に検討することが大事なのかもしれない。

この歌を聴いていると、歌そのものとしての良さとともに、そんないろんなことを考えさせられる。




「出征兵士を送る歌の歌詞」

作詩 生田大三郎  作曲 林 伊佐緒

一、わが大君(おおきみ)に召されたる
  生命光栄(はえ)ある朝ぼらけ
  讃えて送る一億の歓呼は高く天を衝く
  いざ征(ゆ)けつわもの日本男児

二、華(はな)と咲く身の感激を
  戎衣(じゅうい)の胸に引き緊(し)めて
  正義の軍(いくさ)行くところ
  たれか阻まんその歩武(ほぶ)を
  いざ征けつわもの日本男児

三、かがやく御旗(みはた)先立てて
  越ゆる勝利の幾山河
  無敵日本の武勲(いさおし)を
  世界に示す時ぞ今
  いざ征けつわもの日本男児

四、 守る銃後に憂いなし
  大和魂ゆるぎなき
  国のかために人の和に
  大磐石のこの備え
  いざ征けつわもの日本男児

五、 ああ万世の大君に
  水漬き草むす忠烈の
  誓致さん秋(とき)至る
  勇ましいかなこの首途(かどで)
  いざ征けつわもの日本男児

六、 父祖の血汐に色映ゆる
  国の誉の日の丸を
  世紀の空に燦然(さんぜん)と
  揚げて築けや新亜細亜
  いざ征けつわもの日本男児