関川夏央 矢口ジロー 『坊っちゃん』の時代(第4部) 明治流星雨―凛烈たり近代なお生彩あり明治人


いわゆる大逆事件を描いた漫画で、とても面白かった。

菅野須賀子については特に、他にどういう選択肢があったのか、なんとも悲劇的な人生だと、宿業としか形容できないものを読んでいて感じさせられた。

作品中に紹介されていて、胸打たれたエピソードは、大逆事件から六十七年後、九十一歳だった荒畑寒村がスイスの旅行の際に、名峰ユングフラウを見て、菅野を思って詠んだという、

「名にしおう ユングフラウの立姿 わが初恋の 人に似たりし」

という歌。

菅野須賀子も、酷薄な男性や運命にもてあそばれ傷つくことも多い生涯だったかもしれないけれど、せめても荒畑寒村から真実に愛されただけでも、生前は自らその愛を蹴って捨てたとしても、良かったのかもしれない。

しっかし、大逆事件というのは、あらためてひどい事件だと思う。
幸徳や高木顕明は、冤罪もいいところだろう。

関川夏央が、昭和二十年の破局は、大逆事件の時にレールが敷かれた、とあとがきで述べている。
その後もいろんな選択肢や可能性はあったとは思うけれど、ある程度はそうだったのかもしれない。
淵源をさかのぼれば、日本の破局の原因は、大逆事件にあったのかもしれない。
あそこで、何かが終わってしまったし、大事なものが失われてしまったのだろう。

また、この作品に出てくる、右翼の国士でありながら幸徳の親友である小泉三申は、面白そうな人物だと思った。
いつか、いろいろ関連の本を読んでみたいものだ。

しかし、幸徳秋水という人は、やっぱり、凛冽たる気概と風格を、たしかに後世にも放っていると思う。

遺芳千載、後世もその勇気と気概や風格を、折に触れて思い出すべきだろうか。

良い漫画だった。