現代語私訳『福翁百話』 第六十五章 「金持ちがいてビジネスをすることは国にとって必要です」

現代語私訳『福翁百話』 第六十五章 「金持ちがいてビジネスをすることは国にとって必要です」



私有財産が何に役に立つのかと質問する人がいれば、衣食住の生活を安らかにして精神や身体の喜びを得させるためだと答えることでしょう。
はたしてそうであるならば、人間の衣服、飲食、住居に、豪華さや粗末さの違いはあっても、そこにおのずと限界があります。
ましてや、普通に身体を温めてお腹を満たし、生活を安楽にするようなことについてであれば、言うまでもありません。
そこに多少の装飾や趣きを加えて外観を美しくするとしても、それほどまでの費用はかかりません。
ましてや、外観はただ人それぞれの好みや趣味にあるものであり、質素を好む人であれば万事手軽であって、精神や身体の安楽は、他人が贅沢を逞しくしたものと、さして違わないことは言うまでもありません。


要するに、人間の衣食住は、意外と容易なものだと知るべきです。
ある大金持ちの言葉に、「家の財産が豊かだと言っても、一日の三度の食事を五度にすることができるわけでもないし、大きな鯛を一度の食事に一匹ずつ食べるわけでもない、貧乏は好ましくないことだけれど、金持ちだからといって世の中の人が思うほど良いものではない」というものがあります。
この言葉は、現実を描写していて面白いものです。


そうであれば、財産を増やすことは子孫のためと言うかもしれませんが、子孫の賢さや愚かさはあらかじめ知ることができません。
また、後の時代の情勢はあらかじめ推測することはできません。
財産を子孫に残しても、きちんとその財産を守る人が少ないことは、歴史が教えていることです。
少しでも社会の浮き沈みの様子に精通している人に、子孫を頼りにすることが難しいことを理解していない人はいません。


ですので、人間の私有財産はある程度まではただ単に衣食住の生活のためですが、それ以上は家計の必要のためではありません。
また、必ずしも後の時代の子孫のための計画でもありません。


ただ、智恵の力を発揮して、幸運にも恵まれた人物が、勢いに乗って世の中の財を自分の身辺に集めて、またすでに集められたものを譲り受けて遺された事業を受け継ぎ、縦横無尽にこれを活用してますます富を増やすことを工夫し、その勢力の及ぶ範囲を広くして、そのことによって人を喜ばせたり、あるいは人を恐れさせ、その人のちょっとした表情や仕草で世の中を一喜一憂させるに至ること、ちょうど乱世の英雄が大きなはかりごとをしていた様子と同じようなものです。


哲学者的に考えれば、一見子どもの遊びに似たことです。
しかし、これまた人間の人生に備わる智恵の力の発揮のひとつの方法であり、本人にとっての喜びだけでなく、今の不完全な文明の世界においては、国際的な競争は必要なことであり、国家を成り立たせるための根本とも言えることです。
財産を増やそうとする投資家の欲求がますます盛んであればあるほど、国が経済的に豊かになる道もますます進み、世界の中において大きな欲求を持つ国であってはじめて、経済大国の名を成すことができます。
大金持ちや富豪たちのビジネスや経営は非難するべきではないだけでなく、国のためにはしばし敬意を表すべきものです。