醜い心や言葉は慎み、善い心や言葉や行為を心がけよう

大阪府議会議長「この地震が起こってよかった」
(読売新聞 - 03月21日 11:20)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110321-OYT1T00283.htm


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4月1日告示の大阪府議選に立候補予定の自民党の長田義明・府議会議長が、20日に行われた事務所開きで、東日本巨大地震に触れ、「大阪にとって天の恵みと言うと言葉が悪いが、本当にこの地震が起こってよかった」と発言していたことが分かった。
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他人の不幸を願い喜ぶ心は、仏教では悪業になると説く。

一方、他人の苦しみや悩みを和らげなくしたいと思ったり、他人の幸せを願ったり、他人の喜びをともに喜ぶ心は、善業になると仏教では考える。


悪業は、自分自身の不幸の原因になる。

善業は、自分自身の幸福の原因になる。

業とは、行為のことである。


この府議会議長さんも、あとで一応発言を悔いているそうなので、今は慚愧しているのだろうとは思うけれど、人間の言葉というのは、日頃の心が思わず出たりするものではなかろうか。


菅首相民主党については、日頃どのようなことでも悪罵を繰り返す人々が、この自民党府議会議長の他人の不幸を願い喜ぶ発言や石原都知事の「天罰」発言には、それほど批判も怒りもしないのが、不思議に思えてならない。


別に、どの立場の人であろうと同じことなのだけれど、

他人の不幸を願い喜ぶような心は恥じ慎み、

他人の苦しみや悩みをなんとかなくしたいと思ったり、幸せを願ったり、喜びをともに喜ぶ心を育て、実践することが、いまの日本には一番大事なことではなかろうか。

「人生唯一度」である。

醜い心や醜い言葉は慎み、善い心や善い言葉や善い行為を心がけよう。