ETV  ロシア ロマノフ王朝の悲劇 90年目の遺骨発見

だいぶ前、ETV特集で「ロシア ロマノフ王朝の悲劇 90年目の遺骨発見」という番組があっていた。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2008/0831.html

(以下はその番組を見た時の感想)



ソビエト革命政権下、処刑されたロマノフ家の家族のうち、長らく遺骨が見つかっていなかった皇太子のアレクセイと、皇女のうちのひとり(おそらくアナスタシア)の遺骨が、二体だけ別に森に埋められていたのが最近発見され、DNA鑑定の結果、ほぼ間違いなくその二人のものだという結果が出た、という番組。

すでに、皇帝・皇后と皇女三人の遺骨は発見されているので、これで全員の遺骨が確認されたことになる。

皇帝一家のうちひとりぐらいは生き残っていて欲しい、という庶民の願望が、アナスタシア生存伝説を生んできたのだろうけれど、今回の調査の結果、やはりロマノフ家の七人全員が一緒に殺害されていた、というのが歴史の事実ということになるのだろう。

それにしても、他の家族とは別に、九十年間近く別の場所に埋められていたという皇太子のアレクセイは、あまりにもかわいそうで、涙を誘われる。
生きている時もずっと血友病で苦しんでいたというし、わずか十三歳で殺さなければならなかったとは、なんともかわいそうでならない。
安徳天皇ルイ17世や永昌大君とともに、歴史上もっとも薄幸な王族だったように思われる。

ただ、番組を見ていて驚いたのは、ソビエト崩壊以後、ニコライ二世やアレクセイたちの一家が「聖人」としてロシア正教会から認定され、皇帝一家が処刑された跡地の上には教会が建てられお参りする人が後を絶たず、大勢の人がしきりにニコライ二世一家のイコン(?)に御参りしている様子。
ニコライ二世の家族の写真の展示会もモスクワでは最近行われたそうで、その展示会に来ていた人々は、皇帝の政治が復活して欲しい、みたいなことを言っていて、おぉ・・・と驚かされた。
ニコライ二世の一家の遺骨を、ソビエト時代から探索・発掘にかかわってきたという老人のインタビューもあったが、我々の罪を神に懺悔して許しを請わなくてはならない、みたいなことをしきりに繰り返していた。

たしかに、ニコライ二世一家の処刑はひどいことだったと思うし、歴史の悲劇だったと思う。気の毒とは思う。
だが、当時、帝政ロシアの支配のもとで、無数の農民や都市に住んでいる貧しい人々が、餓死したり処刑されたりしていたわけで、皇帝一家だけがかわいそうというわけでもなかろう。
皇帝一家には、死後これほど手厚い列聖や供養や称揚がなされ、その死への懺悔や、敬慕・巡礼が行われているわけだけれど、歴史の中には、誰からも注目されず、いまやその名前も忘れられてしまったような、無数の家族がいたはずである。
彼らのことは、どうなるのだろう。
誰も、そうした無名の人々には涙をそそがず、その記憶や追悼をしないとすれば、ずいぶん片手落ちな気もする。

ソビエトが良いものだったとはぜんぜん思わないし、崩壊して当然だったと思うし、ひどいものだったろうなあとは思うが、単純に先祖帰りして、皇帝一家を聖人として敬い、ナショナリズムと宗教の中にまどろんで、しかもそのうち帝政でも復活するとしたら、そんなのでロシア人はしあわせになれるのだろうか。
ちょっと疑問である。
もちろん、帝政復活なんてのは、ロシアのごく一部の人しか願っていないのかもしれないけれど。

にしても、ロシアってのはやっぱりよくわからない国で、合理的な民主主義などよりは、呪術と迷信の中でまどろみ、ロマノフ王朝スターリンプーチンなどの過酷な独裁者に統治されることにマゾヒスティックな喜びを見出す人々なのかもしれない。
やっぱり、日本人からは理解不能だ・・・。

これも、極端な革命をやってしまった国の、反動や混乱ということなのだろう。

その点、中国共産党が、愛新覚羅家を処刑せずに、ちゃんと生かし続けたのは、ソビエトに比べればかなり良い、賢い選択だったような気がする。
ソビエトに比べて、長く存続しているのも、他にもいろんな要因があるのかもしれないけれど、そのうちのひとつの要素に、そんなところも関わっているような気がする。

ロシアはこれからどうなるのだろう。
混迷と迷走は、まだまだ続いていくのだろうなあ。

ソビエトの指導者のうち、レーニンは内々にニコライ二世の処刑を早くから考えていたそうで、皇帝一家の処刑に実際にゴーサインを送ったようだが、トロツキーはきちんと裁判にかけることを主張していたそうだ。
仮に処刑するとしても、きちんと裁判にかけてからにしていれば、だいぶ印象は違っていたように思うし、裁判の成り行き次第では、皇室一家を生かす道もありえたかもしれない。
いろんな意味で、トロツキーは、ソビエトの指導者の中では良い方策を考えていた人だったように思う。
ニコライ二世一家の扱いに関しても、トロツキーの意見が採用されていれば、と思われた。

歴史は、いまさら繰言を言っても仕方ないのだが、ソビエト政権がニコライ二世の一家を殺したりせず、国内での粛清なども行わず、レーニンスターリンよりも、トロツキーなどが実権を握っていく方向であったならば、だいぶソビエトのその後の運命や印象も違ったような気がする。
庶民というのは、案外と、難しい理論よりも、単純でわかりやすく神秘的な、王室や皇室の家族の愛情や恋愛や悲劇にこそ興味を持つし、心ひかれるものだ。
どうも、レーニンはそのあたりの機微に疎すぎたような気がする。
白軍が迫っていたという事情があったのかもしれないけれど、そうであればなおのこと最初から皇帝一家の身柄を確実に赤軍の確保できる場所で安全に保護し、裁判にかけた上で、国外追放にするぐらいにすれば、一番ソビエト政権の印象やイメージを保てた気がする。

いまさらいろいろ言っても仕方ないのだろう。

にしても、日本の皇室は運が良いと思う。
まかりまちがえば、万が一、日本がソビエトに占領されたり、赤化していたら、昭和天皇や今の天皇が、ロマノフ家のような運命を辿る可能性が全くなかったというわけでもなかろう。
歴史にあった無数の可能性のひとつとしては、昭和天皇や時の皇太子が、ロマノフ家のような悲劇の道を歩んでいたこともありえたと思う。
そうならなかったのは、もちろん昭和天皇自身が、ニコライ二世に比べれば格段に政治情勢への判断でも処世術でもすぐれた人物だったということもあろうし、日本の国民と皇室の紐帯がロシアの皇室と国民のそれよりもはるかに深く長いものがあった、ということもあるのかもしれないが、究極的には、運がよかった、ということだったような気もする。
まかりまちがえば、日本において共産主義政権が成立し、皇室一家が処刑されて、数十年後、今頃になって遺骨が掘り出されて、神社か寺院において神や仏として仰がれて、皇室の復活が国民に望まれる、みたいな事態になっていたかもしれない。
その時の混迷たるや、目を覆うものがあったろう。
とすると、いろいろ弊害はあったにしろ、ソビエトに比べれば、日本はまずまずましな、歴史を辿ってきた、ということなのだろうか。

よくはわからないが、おそらく、ロシアが他国から奇妙な国に見えるのと同様に、日本もしばしば他国から見たら奇妙な国に見えるのだと思う。

ソビエトやロシアの辿った運命を、まったく他人事として眺めるのではなくて、日本も似たような道を辿っていたらどうなっていたのだろう、ぐらいに思って観察してみると面白いのかもしれない。