雲井龍雄 「相馬城に人見子勝に別る」

「相馬城に人見子勝に別る」


平潟湾 勿来関   平潟の湾 勿来(なこそ)の関
石路索廻巌洞間   石路 索(めぐ)り廻(めぐ)る 巌洞の間
怒涛如雷噴雪起   怒涛 雷の如く 噴雪起り
淘去淘来海噛山   淘(なが)れ去り 淘(なが)れ来つて 海 山を噛む
地形雄偉冠東奥   地形 雄偉 東奥に冠たり
一礟守此誰能攀   一礟(いちほう)此(これ)を守らば誰か能(よ)く攀(よ)じん
君航東洋来此地   君 東洋に航し 此の地に来り
目撃区処防海事   区処を目撃す 防海の事
難奈秦兵威不振   奈(いかん)ともし難し 秦兵の威 振るはざるを
風声鶴唳肝膽堕   風声 鶴唳(かくれい) 肝膽堕つ
君猶叱咤突賊陣   君 猶ほ 叱咤して 賊陣を突く
指揮死士弾且刺   死士を指揮して 弾(う)ち且つ刺す
彼衆我寡勢不便   彼は衆 我は寡 勢い 便ならず
咽喉之地忽然棄   咽喉の地 忽然として棄つ
君不見大梁挙兵救趙来る  君見ずや 大梁兵を挙げて 趙を救ひ来るを
函谷之関可撃摧   函谷(かんこく)の関 撃摧すべし
縦令此地棄不守   縦令(たとへ) 此の地を棄てて守らざるも
雪恥有期君休哀   恥を雪ぐの期(とき)有り 君哀しむことを休(や)めよ
我亦潜行徇両毛   我 亦(また) 潜行して 両毛に徇(とな)へ
襲都将刺二姦魁   都を襲うて 将に二姦魁を刺さんとす
義兵一時起賊背   義兵 一時に賊背に起り
掩撃殲之亦快哉   掩撃(えんげき)之を殲(つく)さば 亦(また)快哉(かいさい)
勝算歴々在方寸   勝算 歴々 方寸に在り
我任此事不敢遜   我れ 此の事に任じて 敢て遜(ゆず)らず
今日別君君自愛   今日 君に別る 君 自愛せよ
唯須詩酒遣宿悶   唯(ただ) 須らく 詩酒に宿悶(しゅくもん)を遣(や)るべし
金風嫋々吹鳬水   金風 嫋々 鳬水(ふすい)を吹き
三十六峰秋色美   三十六峰 秋色美なり
此時與君笑相迎   此の時 君と 笑って相迎へ
遨游好携東山妓   遨游(ごうゆう) 好(よ)し 東山の妓を携(たづさ)へん


(大意)

東北へと通じる茨城の平潟湾と勿来の関は、奇岩が続き、石の洞窟の間を縫っていくような道となっている。

荒れ狂う海の怒涛は雷のように鳴り響き、雪が噴出するような飛沫が飛びかかってくる。
怒涛が去ったかと思うと、また寄せてきて、繰り返す様子は、海が山に噛み付くようだ。

この地形の景色の雄大さ、偉大さは、東日本に冠たるものだ。
一門でもいいから大砲があれば、誰がここをよじ登って越えてくることができるだろうか。
(誰も通れない、天然の要塞となる。)

君(人見寧)は、遊撃隊を率いて艦船に乗って海を航行してこの地に来た。
この地点こそが、制海権を得る上で重要な地域だと見ていたが、
しかしながら、敵である官軍の襲撃が来ると、幕府方の同盟軍はあっという間に逃げ去って、どうにもしようがなかった。
わずかな物音に敗走して、肝がつぶれるさまは、富士川の戦で平家軍が壊走するようなものだった。

だが、人見君、君は、それでもなお兵士たちを叱咤激励し、敵の本陣を突いた。
死を決した兵士を指揮し、弾丸を撃ち続け、銃剣で敵兵士を刺し続けた。

敵軍は大軍、こちらは少数、勢いはどうにもしようがなく、
この作戦上の咽喉とも言うべき、勿来の関を放棄した。

だが、忘れてはならない、瀕死の趙が、魏の援軍によって、秦の軍勢を函谷関で撃滅した事例もあるではないか。

たとえ、この地を放棄して守らなかったとしても、恥をそそぐ時はいつか必ずある、悲しむのはやめてくれ。

私もまた、これから地下に潜行して、両毛(栃木・群馬)でゲリラ戦を展開する。
うまくいけば、首都を襲撃し、二人の奸臣(岩倉具視大久保利通?)を刺し殺すテロを決行するつもりだ。

大義のために闘う兵は、一斉に薩長の背後に立ち、
君の援護射撃によって、敵を殲滅することができたら、どれほどうれしいことだろう。

勝算はちゃんと私の心の中にある。
私は、このことを自任している、決して他に譲ろうとは思わない。

今日は、いま、君にしばらく別れることになる。
どうか、君は自分を大切にして過ごしてくれ。
いまは、ただ、詩と酒にこの悶える心を発散させよう。

もし、私たちの計画が成功し、再び生きて逢うことができたら、

その時は、秋風が鴨川を吹きつける頃、京都の東山に行って、君と笑って相迎えて、大いに豪遊して、舞妓さんたちと大いに遊びながら、過ぎし日の苦労を思い出して楽しむことにしよう。