「白梅篇」
少小読破万巻書 少小 読み破る 万巻の書
欲討聖源溯泗洙 聖源を討(たづ)ねて 泗洙に溯(さかのぼ)らんと欲す
道與世背無所用 道 世と背いて 用ふる所なし
豪宕卻是一侠徒 豪宕(ごうとう) 卻(かへ)つて是れ 一侠徒
破産傾身多結客 産を破り 身を傾けて 多く客と結び
奮為六王進奇策 奮つて 六王の為に 奇策を進む
山東豪傑半属望 山東の豪傑 半ば望みを属(しょく)す
共謂秦兵撃可卻 共に謂ふ 秦兵 撃つて卻(しりぞ)く可(べ)しと
縦散約解壮図休 縦(しょう)散じ 約解けて 壮図休し
去向江湖没我跡 去つて 江湖に向かつて 我が跡を没す
一朝自悔心恍然 一朝 自ら悔いて 心(こころ)恍然
深羞平生気宇窄 深く羞づ 平生 気宇の窄(せま)かりしを
君不見有窮之女字嫦娥 君見ずや 有窮の女(むすめ) 字(あざな)は嫦娥(じょうが)
一飛去奔月為家 一飛 奔(はし)り去つて 月を家と為す
我亦将高探其窟 我も亦 将に高く 其(そ)の窟を探り
手拗天桂折其花 手に天桂を拗(よ)ぢて 其の花を折らんとす
又不見緱山仙子其名晋 又 見ずや緱山(こうざん)の仙子 其の名は晋
駕鶴縹緲截雲陣 鶴に駕して 縹緲(ひょうびょう) 雲陣を截る
我亦将遠窮八紘 我亦(また) 将に遠く 八紘を窮め
横絶弱水進我軔 弱水を横絶して 我が軔(じん)を進めんとす
聞説八小州外更有五大洲 聞説(きくなら)く 八小州の外に 更に五大洲有りと
乗風好放破浪舟 乗風 好し放たん 破浪の舟
烏拉之山太平海 烏拉(ウラル)の山 太平の海
去矣一周全地球 去つて 一周せん 全地球
一世俊髦盡把臂 一世の俊髦(しゅんぼう)盡(ことごと)く臂(ひじ)を把(と)り
萬国奇勝盡属眸 萬国の奇勝 盡く眸(ひとみ)に属(しょく)す
然後税駕故山瀟洒伴松菊 然る後故山に税駕(たつが)して瀟洒松菊に伴(ともな)はば
一世能事庶幾将始休 一世の能事 将に始めて 休せんとするに庶幾(ちか)からん
(「白梅篇」大意)
少年の頃から山のような万巻の書物を読破してきた。
本当に人が正しく生きる道の源を求めて、孔子などの古の聖人の淵源にさかのぼり士道を身につけようと努めてきた。
けれども、私が求め生きようとした道は、この時代と社会とは背反してしまっていて、なんら用いられることはなかった。
豪気放蕩な、一無頼の徒ということになってしまい、
身代財産は傾いてしまったが、そのおかげで多くの同志や意気投合する仲間と交友を結ぶことができた。
(中国古代の戦国時代の秦と六国のように)、
私は奮って奥羽列藩同盟などの諸侯のために薩長を打倒する機略をめぐらし、
多くの豪傑がそれに共鳴して共に大望を抱き、
共に薩長を撃とうと言い合った。
しかし、戊辰の戦は一敗地にまみれ、盟約は解散し、壮図はおしまいとなり、
舞台を去って市井に身をかくして住むようになった。
しかし、ある時、そうして市井に身をかくしてくすぶっている自分を、深く反省し、心目覚めた。
深く恥じる、私の気宇が狭くて、そのようであったことを。
頭をめぐらして見てみよう、
古代中国の神話の有窮氏の娘・嫦娥は、一っ飛びして月まで到り、月を家にした。
私もまた、高く月に行って嫦娥の家を探し、月面に生えているという桂の木に咲く花を手にしよう。
また、見てみよう、
古代中国の神話の、周の霊王の太子・晋は緱山に住み、
鶴に乗って雲海を渡り自在に天空をかけめぐったという。
私もまた、遠く、この世界中を駆けめぐって究めつくし、
仙人の住む地に流れるという弱水の川を渡り、私の歩みを進めよう。
常々話には聞くけれど、
この小さな大八洲(おおやしま)・日本列島の外には、
五つの大陸があるという。
海の大波浪の中に帆を張って風を受けて、旅に出よう。
ウラル山脈、太平洋の海、
それらを過ぎ去って、この全地球を一周しよう。
この時代に生きるいろんな国々の優れた人物たちと相親しみ、
世界中の絶景名勝をこの目で見よう。
そうしてのち、故郷で悠々自適して、こざっぱりときれいな家で庭木の世話をしながら過ごすことができたら、
この人生でやるだけのことをやったと、やっと安住できそうだ。